・妖怪ビジュアル大図鑑(水木しげる)

文字数 1,922文字

 妖怪好き、そして水木しげる先生好きなら「これは買い!」の逸品(いっぴん)である。
「日本の妖怪バイブル」と言っても言い過ぎにはあたらない。しかもオールカラー! 紹介されている妖怪は合計で333体!
 しかし正直、たまたま本屋で出逢った時は「高いなあ……」と一瞬思った。定価1200円……プラス税……。
 が、しかし! 中身をぱらぱらめくった後は、ほとんど迷いなくレジへと直行! その描き込まれたイラストと説明の文をいくつか目にしたら、「これはむしろボーナス価格だ」と思われる方も多いだろう。
 結論から言えば、やはり手に入れて損はなかった。めくればめくるほど本の世界に引き込まれる。怖いばかりではない、時にゆかいで、時に(かな)しく、「日常と地続きの非日常」の住人たちがぞくぞくと顔を見せるのだ。
 例えば、ページをめくると48・49ページに現れるのが「足長(あしなが)手長(てなが)」。彼らは「足長人(あしながじん)」と「手長人(てながじん)」という二体の妖怪で、足長さんが手長さんを背負(せお)うことで「足長手長」となる(なんだか合体ロボットみたい)
 その名の通り足長さんは足がめちゃくちゃ長く、手長さんは手が長い。しかし彼らは、特に人間に危害は加えない。「足長手長」となるのも、「効率よく漁をする」ためらしい。
 うーん、この「妖怪=有害」というありがちな思い込みを序盤から崩される感覚、嫌いじゃない。
 何だかこの感覚は、以前にも味わったことがあるような……。そうだ、まんがの「百物語」を読んだ時と良く似ている。
 やっぱり近頃(ちかごろ)の「ケバケバしたお化け認識」と違って、昔の日本では「少し違う種類の『生き物』が、同じ世界に当たり前に存在する」という感覚があったのね……。
 と一人納得しながら読み進めると、出るわ出るわ「あまり怖くない妖怪」が!
 例えば「天子(てんじ)」。
 彼は八丈島に生息する子どもの妖怪。あちこちいたずらをして回り、怒られると「ヒャッ、ヒャッ!」と高笑いして逃げ去る。しかし時には、飢えた人に食べものを届けたりもするらしい。そんな時も「ヒャッ、ヒャッ!」と高笑いして去っていく。
 そして「手長婆(てながばばあ)」。
 白髪頭の老婆だと言われているが、人が見ることが出来るのは湖や沼から現れる巨大な手だけ。彼女(?)は子どもが水辺で遊んでいると「水の事故が起きないように注意をうながす」、そのうえ子どもが危険な水辺にいると叱ったりする。何だろうこの保護者感。
 そして極めつけにウケたのは「狸囃子(たぬきばやし)」!
 説明はごくあっさりめに「深夜、どこからともなく太鼓(たいこ)の音が聞こえてくる。これは狸が音を出す『狸囃子』である」といったもの。
 しかし、イラストがものすごい。三匹のタヌキが叩いている太鼓は、何だか妙である。肉っぽかったり毛が生えていたり、変に「生物的」なのだ。んんん? と思って目を動かすと、太鼓ははしっこがぐーっと細長く伸びていて、イラスト右にいるタヌキの股間につながっている。
ということは、つまり……。
 このネタには正直、昨日まで気づかなかった。このエッセイを書くために通して読み返して、やっと気づいて大ウケした。説明はさらっと流して、イラストで大下ネタをぶっこむところはさすがである。
 少し話がアレになってしまったが、もちろんこの本に描かれているのはそんな妖怪ばかりではない。人の命を平気で奪う、恐ろしい存在も多くいる。
 そしてまた、中には哀しい妖怪もいる。
 この本で一番印象深かったのは「骨女(ほねおんな)」だ。
 昔、みにくい顔の女がいた。彼女は人生を悲観して、自らの命を()ってしまった。すると仲間の骸骨(がいこつ)たちは、彼女のことを()めてくれた。「お前は骨になったら、美しいよ」と。気をよくした彼女は、カタリ、カタリと骨の姿で出歩くようになったそうだ。それが「骨女」なのである。
 何とも物悲しいエピソードだ。
 さらりとしか語られていないが、彼女は生前は顔のために、色々と辛い思いもしたのだろう。ただ「容姿が優れていないから」という理由のために、はやされたり、侮蔑(ぶべつ)の目で見られたこともあったのだろう。
 彼女にとっては、「人間の世界」より「骨の世界」の方がよっぽど優しく、幸せな居場所だったに違いない。
 そうして、もう一体印象深い妖怪を紹介して、この話をしめようと思う。
 それは「いそがし」という妖怪だ。
 彼はきっと、地球始まって以来、今現在の人間社会で、もっとも勢いを増している。
『この妖怪に取り()かれると、やたらと心にゆとりがなくなる。じっとしていることが悪いような気持ちになって、そわそわする。逆にあくせく動き回っていると、奇妙な安心感につつまれる。
(中略)そして、取り憑かれる人はどんどん増えてゆき、いまではそうでない人の方が少なくなってしまった』――。(了)
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