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文字数 2,320文字

 おれの名前は三木健太郎。
 花の東京で、あこがれの大学一回生だ。
 あこがれというのは、大学に入って専門の勉強に没頭するとか、スポーツの強い大学で日本一を目指す、とかそんなわけではもちろんない。
 親元離れて、大いに羽目を外し、彼女をつくり、その彼女とやがて同棲(この頃、『同棲時代』という漫画の影響もあり、同棲にわれわれ男子はあこがれを抱いていた)し、バラ色の大学生活をエンジョイするぞという、そんな、たわいのないものだ。
 まぁ、大学なんて一握りの優秀な学生を除けば、そんな不埒な輩がうようよいるところなのだ。
 大学は知っての通りピンキリで、キリの大学なんて誰でも入れる。
 その証拠に、おれみたいなアホでも入れるのだから。
 おれの入った大学は、偏差値が四十あるかないか。
 そんなレベルだから、勉強なんてしなくても入れるってわけ。
 私立の三流大学なんて、生徒集めに苦労しているのだからね。
 大学側だって入学してくれる学生が、喉から手が出るほど欲しいわけだ。
 学生が入学してくれなければ、運営していけないしね。
 おれは一応見栄を張って、受かりっこないのに有名私大を何校か受験したが、ことごとく落ちて、なんとか滑り込んだのが今の大学。
 とても他人に、胸を張って大学名など言えない。
 まぁ、おれの超田舎の呆けかけた老人などは、大学生というだけで、すごいと思ってくれるけど。
 大学生というだけで、末は学者か何かになると思っているんだから。
 まぁ、そう思うのも仕方ないよ。
 だって、百姓や大工や左官といった人ばかりだからね。
 学歴なんて関係なく生きている。
 ほとんどの人が中卒だし。
 そんなわけで、おれの住む集落には、今まで大学を出た人がいない。
 だからおれは、三木家の長男は優秀だなんて、思われているわけで、実家に里帰りしたときなど、田舎のじじばばから、ちやほやされる。
 実態を知れば、ぼろくそだろうけど、それまでは、いい子ぶっていようかなと思う。
 まぁどうでもいいような、くだらん自己紹介などやめよう。
 さて、そんなぼんくらのおれが、高校時代のイタ・セクスアリスを、私小説風に書いてみようと思い立った。
 理由はない。
 同棲相手の彼女ができ、有頂天になって、バカがさらにバカになって、書き始めたわけではない。
 逆に好きな女の子にふられて、傷心から頭がおかしくなり、メソメソと書き始めたというわけでもない。
 学部だって、実家が百姓だからという理由だけで、農学部を選んでいたし、それまで漫画ばかり読んでいたから、小説なんてほとんど読んだことがない。
 中学までは、野球をやっていて、野球マンガ、とりわけ水島新司のものは夢中になって読んだものだが。
 それにおれは、昔から読書感想文を書くことが、大の苦手だった。
 何かを自分の頭でまとめて書くことが、面倒くさくて嫌いである。
 だから、小説など書こうと思うわけがないし、書けるとも思わなかった。
 じゃあ、何故だろう?
 大学入学後の長いながい夏休みの解放感から、雷に打たれたように突然そうなったのか。
 天の啓示? 
 そんな格好良いものではない。
 一種の病気みたいなものかもしれない。
 今から思えば、作品の善し悪しは抜きにして、小説を書いたというだけでも、奇跡と言うしかない。
 やっぱり、どこかおかしくなっていたのだろう。
 何せ初めてのことで、書き方なんか知るよしもない。
 書店で、「小説家になろう」というハウツウ本を買ってきて、ちょっと勉強した。
 人称がどうの、視点がどうの、文体がどうの、とややこしいことを書いてあるから、面倒くさくなって読むのを止めた。
 音楽バンドだって最初はコピーから始めるじゃないか。
 だからおれも、誰かの本のマネから入ろうと思い、図書館に行って、痩せて背が高くメガネをかけたインテリ風の胸の小さなキツネ顔の司書の女性に、
「高校生が主人公か、もしくは高校生のことを書いた本でオススメの本はありませんか?」
 と聞いて、紹介してもらった。
 メガネをかけたインテリ風の、痩せて胸の小さいキツネ顔の、すました顔だが実は男好きという雰囲気の、三十過ぎで女の曲がり角といった感じの司書の女性が紹介してくれた本が、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」と、村上龍の「69」と、林真理子の「葡萄が目にしみる」だった。
「これみんな、高校生の話だから、キミにはいいんじゃないかしら」
 と、意味深に笑った。
 まず「69」を読んだら、これがめちゃくちゃ面白い。
 次に「ライ麦畑でつかまえて」を読んだらやっぱり面白くて、「葡萄が目にしみる」と、一気に読んでしまった。
 小説がこんなに面白いとは知らなかった。
 インテリ風で背が高い、胸の小さなキツネ顔の女の、意味深な笑いが理解できたような気がした。
 お姉さんの選書のセンスの良さに、おれは敬服しましたと言って、今度彼女をお茶にでも誘わなければいけないかな、とまた妄想が始まりかけた。
 しかし読むばかりでは、はじまらないと思い、書こうとするが、いざマネをして書こうとしても、なかなかうまくいかない。
 最後はやけくそのようになり、えいくそっと、開き直って書き始めた。
 というわけで、実家に帰省後、高校時代にはほとんど活用せずに終わった勉強机に座り、ねじり鉢巻きをして、文豪のごとく執筆に散り組んだ。
 後にも先にも、こんなに一心不乱に机に向かって、何かを書き続けたことはない。
 これが小説の体をなしているかどうかは、自分ではわからない。
 ただせっかく書いたものを、捨てるのももったいない気がして、恥を承知で公開しようと思う。
 以下に紹介するが、どうか笑わないで読んで欲しい。

 
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