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文字数 5,897文字
一年の時に、別のクラスだったアキがおれの教室にやってきた。
アキは、教室前方の扉から、おれたちのクラスに入ってきて、そのまま躊躇せず、おれが座っている席に、ずかずかとやってきた。
「後で読んで」と紙片をおれに差し出し、ニッと笑い教室から出て行った。
そのふてぶてしいほど堂々とした態度に、度肝を抜かれた。
そこには、アキのプロフィールなどが書かれていた。
趣味のところは「オトコ」、好きなこと「セックス」と書いてあり、余りの大胆さに、おれはぽかんとなり、アホのように口を開けていた。
最後のところに、
「こんなワタシで良かったら、付き合ってネ」
と書いてある。
何じゃこれは、と思った。
アキは、おれと同じ中学出身のサルと付き合っているサトミの親友だった。
美人顔の、どこかクールでアンニュイな感じが、同級生には見えない。
大人びている。
やや下顎を突き出したすました表情からは、
「まだまだ同級生のあんたたちには、ワタシと遊ぶのは早いわよ」
と言った傲慢さが感じられたので、彼女の手紙は意外な気がした。
それと言うのも、入学直後の五月、サトミとアキが連れ立って廊下を歩いている時、おれと擦れ違った。
その瞬間、サトミがおれの方を見ながら、アキに耳打ちした。
「タイプじゃないよ」
と言うアキの声が聞こえた。
二人はクスクス笑いながら廊下を歩いて行った。
その時の雰囲気から、どうやらおれのことを言ったのだと思い、生意気な女だと思い、腹が立った。
おれもお前なんかタイプじゃないよ、と心の中で叫び、そのまま知らんふりして歩いて行った。
本当のところ、初心なおれは少々傷ついていた。
おれが不細工でダサいから、そんな言われ方をしたと思われるのもしゃくだから書くが、おれの身長は一メートル七十センチで、体重は五十六キロ。
昭和四十九年当時の男子としては、身長も平均的で、やせていたし、顔に関しても、自分で言うのはバカみたいだが、わりあい男前だと思うし、事実女子からはそう言われてきた。
中学時代、ラブレターをもらったり、交際を申し込まれたりと、ある程度もてはしたが、性格がシャイなため、積極的に女子と交際することはなかった。
ただし、おれが中学一年の時、卒業する三年の女子から交際を申し込まれ、付き合っていたことはある。
しかし、あれは、付き合ったっていえるのかなぁ。
彼女が卒業して、遠くの学校に行ったため、彼女が帰省した夏と正月くらいしか会わなかった(会うといっても彼女の家に呼ばれて、ごちそうになったり、家族を交えてトランプしたりする程度のこと)し、ごくたまに二人で映画に行くぐらいで、性的なことなんて、まったく考えもしなかった。
まぁおれ自身、彼女に特別好意を寄せていたわけでもないしね。
嘘みたいだけど、本当の話。
おれがホモというわけじゃあないんだ。
かっこよく言えばね、その頃のおれは、野球に恋していたし、女にそれほど関心もなかった。
まだ、性にも目覚めていなかったしね。
話を元に戻す。
「タイプじゃないよ」と言われた屈辱の日の数カ月後、おれはイメチェンをした。
入学直後は、野球部の坊主頭から、まだ髪がそんなに伸びておらず、中途半端な七三分けの髪型が、当時の写真を見ても、いかにもダサかった。
真面目だけが取り柄の、田舎の中学生のイメージであり、アキに「タイプじゃない」と言われても仕方なかったのである。
その後長髪にして、真ん中から分けた。
当時のイケメンは、こんな髪型をしていたのだ。
プレイボーイの様で、少々不良っぽい。
それが、気に入った。
自分で言うのも何だけど、結構似合っていたんだ。
髪型を変えるだけで、こんなにも雰囲気が変わるものかと自分でも驚いた。
N高校は人口三万余りの土佐の小京都と言われるN市の中心地にあった。
学校の玄関側のすぐ傍に、小高い山があり、山の頂に聳え立つ古城が、学び舎を優しく見下ろしている。
山の中腹にある公園には、高校の卒業生である上林暁の「四万十川の青き流れをわすれめや」と書かれた文学碑もある。
学校の裏手には市道を挟んで、清流四万十川の支流の後川が流れていた。
詩情豊かな環境である。
であるから、たまぁに上林暁のような作家も誕生するのである。
今から考えればN市も相当な田舎であるが、おれが住んでいた超スーパー・ド田舎の町から言えば、ずいぶん都会に思えた。
大げさでなく、その後大学で東京に出た時よりも、N市に出てきた時の方が、ワクワク感が強かったのである。
そんな感じだったから、田舎者のコンプレックスは相当なものだった。
アキには初対面の時の苦い思い出があり、手紙の文面からも、てっきりオチョくられていると思った。
まだまだ初心だったおれには、相当にハードルの高い相手であり、返事を出すことをためらっていたのだ。
そのアキが三年の仲田という不良と付き合い始めたことを、しばらくして聞いた。
毎日のように仲田のアパートでセックスをし、大きな声を出すとの噂が、クラスの男子の中で広がっていた。
アキの男好きは有名になった。
ある日の放課後、サトミとサルがおれのアパートに来て、
「今からちょっとつきあって」
と言う。
「どうしたがぞ」
と聞いても、
「いいから、いいから」
とサトミは妙にマジな顔で言う。
そして、二人の後についていった先が、アキの彼こと三年の仲田のアパートだった。
部屋には、アキがセーラー服のまま、仲田のベッドに横たわっている。
その瞬間、おれは鼻血が飛び出しそうなくらい、驚いた。
四人でしばらく、タバコを吹かした後、サトミとサルは、行くところがあると言い、いなくなった。
ここでサルとサトミについて触れておく。
サルはおれと出身中学が一緒で、中学時代から気障で鼻につく奴だったが、頭は学年一だった。
気障な感じが、田舎者が都会に夏休み遊びに行って、帰ってきたら都会風に振舞う、あの浮かれた感じである。
おれと一緒に剣道部に入ったが、サトミと付き合い始め、早々に退部した。
おれたちは、高校時代のサルのことを「動く性器」と呼んでいた。
サトミは、痩せて、背が高い。
ベビーフェイスで可愛い顔をしている。
が、スカートの丈はくるぶしが隠れるくらい長かった(当時の不良は、男子ならダボダボのズボンをたらして履き、女子はロングスカートを履くのが定番だった。漫画の『愛と誠』が流行っていたが、あのスタイルである)。
サトミは、中学時代から、年上の不良たちとバンドを組み、ボーカルをしていた。
バンド仲間とやりまくっていたらしい。
地元バンドの連中と、定期的にコンサートをしていた。
おれも一度観に行ったが、白いドレスを着て、スポットライトを浴びながら唄うサトミが、別人のように見えた。
地元N市の中学生の中では、スケ番として、名が通っていたらしい。
アキとは不良仲間だった。
もうすでに、外は薄暗くなっている。
アキはベッドに横たわったまま、タバコを静かに吹かしている。
おれは、今三年が修学旅行でいないことに気がついた。
まさかいきなり、こんなお膳立てをサトミたちがするとは思わなかったから、あっけに取られていた。
アキはベッドから起き上がると、冷蔵庫から缶ビールを出して、
「飲む?」
と言った。
おれは白木のアパートで、よく酒盛りをしていていたので、
「おぅ、暑いけん咽かわいたにや」
と、精一杯突っ張って言った。
タバコを持つ手が少々震えている。
「つまみ、柿の種しかないけんど、ええ?」
アキが言う。
「おう、上等、上等」
おれは心臓のバックンバックンを早く鎮めたいと、缶ビールを一気飲みした。
アキは静かに落ち着き払って、ビールを飲みながら、セブンスターを吹かしている。
アキの場慣れした雰囲気にも、おれはのまれていた。
おれは五百ミリリットルの缶ビールを三本立て続けに飲んだ。
「三木君、すんごいペースはようない」
アキは、おれが心臓のバックンバックン解消の為に一気飲みをしているとは気付かずに、笑って言う。
三本目を飲み干したあたりから、徐々に落ち着きを取り戻したおれは、ペースダウンしながら四本目に取りかかった。
アキも二本目を飲んだあたりから、目の周辺が赤くなり、どうやら目がトロンとなって、いつも以上にスケベな表情になった。
アキは、ベッドに横たわり、熱いからとセーラー服の上着を脱いだ。
まだ昭和四十年代後半の高校生の下宿には、クーラーなどなく、扇風機がブーンブーンとやかましくうなりながら、首をせわしなく振っている。
アキのピンクのブラジャー姿に、おれはたちまち勃起した。
アキはベッドに横たわったまま、天井を見ながらセブンスターを吹かし続けている。
おれは四本目の缶ビールを飲み終えると、ハイライトをまた吸った。
灰皿にはタバコ二ケース分の吸い殻が山になっている。
「三木君、やりたくないの?」
アキがストレートに誘う。
「お、おまえ、だ、だって仲田さんと付き合いようがやろう」
おれがうろたえながらそう言うと、
「彼だって、ワタシ以外ともやりようけん、別に問題ないよ」
アキが何でもないように、セブンスターを吹かしながら、静かに言う。
アキは、吸いかけのセブンスターを灰皿でもみ消すと、いきなりスカートを脱いだ。
「いいよ、しよう」
おれとアキは一体何回したのだろうか?
それすらも分からないほど、おれたちは朝まで狂ったように、し続けた。
童貞だったことは、おれのぎこちないしぐさで、アキにはばれているだろう。
あっけなく終わった一回目を皮切りに、五回目までは数えたが、後は覚えていない。
アキの声は確かに大きかった。
声だけでなく、胸もでかい。
陰毛は上品で、薄い。
アキの体は、大人びていた。
おれは初めてだから誰かと比較はできないけれど、普通の高校生の体のイメージからすれば、大人びていると思う。
アキは、身長が一メートル六十二センチで、体重は四十九キロだと言った。
ウエストにくびれもある。
体全体から、いやらしさが滲み出ている。
アキのはっきりした目鼻立ちや体躯から、欧米人の女性がイメージとして浮かぶ(根拠はないが、グラビアで見る外人がこんな感じだ)。
おれとアキは次の日、学校を無断欠席し、そのままやり続けた。
途中でコンドームが無くなり、薬局に買いに行った。
その時ついでにスーパーで、焼肉弁当も買って来た。
おれたちは、本能のまま生きる、さかりのついた犬のようだった。
おれとアキが死んだように寝ていると、ノックの音がして、目が覚めた。
そこにサルとサトミが立っていた。
二人は精液と汗とタバコの匂いでむせ返る部屋に入るなり、
「ちょっと、換気した方がええよ」
とサトミが窓を開けた。
二人は、おれたちが学校休んで、やりまくっていたことに、あきれていた。
「今晩、仲田さん帰ってくるけん、三木君もうそろそろ帰った方がええぜ」
サトミが、笑いながら忠告した。
それから一週間が過ぎた頃、アキに放課後、屋上に呼び出された。
そこにはアキ以外に、仲田と三年の不良仲間が二人いた。
アキは、不良たちの後ろで、無表情のままタバコを吸っている。
「おい、われ、おらがおらん間に、アキとやったらしいにや」
仲田が吸いかけのタバコを床に捨て、足でもみ消しながら啖呵を切った。
おれが黙っていると、
「もう、えぇやん、誘うたがワタシやけん」
静かな声で、アキが言った。
「わりゃ、だまっちょけぇ」
仲田が振り向いて、アキを睨んでいる。
「おぅ、おまえは、おらがアキと付き合いようが知っちょっち、やったがかぁ」
仲田はおれの前まで進み出て、おれの胸倉を掴んだ。
おれは黙ったままでいた。
おれは恐かったけれど、精一杯突っ張って仲田を睨んでいた。
その後、仲田にボコボコにされた。
おれは朦朧となる意識の中で、一生懸命に顔面をかばっていた。
今回は仲田にやり返す、理由がない。
ボコボコにされて当たり前だし、それくらいの覚悟でおれはアキとやったのだから。
日の暮れた屋上から眺める夜空に、星々が燦然と輝いている。
東の空に灰色の月が浮かんでいる。
仰向けになったまま、後数カ月すれば仲田が卒業することを思って、その間は、アキとのセックスはお預けにしようと考えていた。
おれはその足で、事の顛末を話そうと、サルのアパートに行った。
サルの部屋は暗かった。
ドアノブに、「外出中」の札がかかっている。
おれはドアが開いたら、サルの帰りを部屋で待とうとドアノブを回した。
鍵はかかっていない。
薄暗い部屋に人の影が見えた。
おれは慌ててドアを閉めたが、気になり、またドアを少し開け、中を覗いた。
サトミの背中が見える。
サトミがベッドに、座っているようだ。
長いスカートが、ベッドに黒い花びらのように妖しく広がっている。
いや、ただ座っているんじゃない。
これは、今、まさに、サトミとサルが、やっているのだと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
おいおい、鍵くらいしてやれよなぁ、と思いながら、おれはしばらく見入っていた。
サトミがセーラー服を着たまま、上になり、腰をくにゃくにゃと動かしている。
結合部分は、スカートで隠れているが、それが妙にいやらしい。
二人の「はぁはぁ」という吐息が漏れている。
サルはおれに気が付いたようで、ニッと笑い、左手でVサインをしている。
おれはその後、やる時は鍵をかけろ、と忠告したが、鍵が壊れているんだよ、と意に介した風もなくサルが言った。
まったく、しょうもない「動く性器」だ、と腹を立てたが、その夜、おれは眠ろうと目を閉じると、サトミの、悩まし気な腰の動きを思い出し、二回もこいてしまった。
なぁーんて言うのは妄想で、本当のところは、サルとサトミがおれとアキを残して、仲田の部屋から出て行ったシーンまで遡る。
そこからの続きが、こうである。
おれは黙ってタバコを吹かしながら、おいてあったマンガ本を読んでいたが、長い沈黙に絶えられなくなった。
アキは、相変わらず天井を見ながら、静かにセブンスターを吹かし続けている。
アキに、
「おれ、かえるけん」
と言って、アパートを後にした。
翌日、サトミから、
「三木君、アキになんちゃ、せららったがとねぇ、あきれちょったぜぇ、アキ」
と、教室の中で囁かれた。
「そうかぁ……」
と、おれは呆然と腕組みして、しばらく教室の天井を睨んでいた。
アキは、教室前方の扉から、おれたちのクラスに入ってきて、そのまま躊躇せず、おれが座っている席に、ずかずかとやってきた。
「後で読んで」と紙片をおれに差し出し、ニッと笑い教室から出て行った。
そのふてぶてしいほど堂々とした態度に、度肝を抜かれた。
そこには、アキのプロフィールなどが書かれていた。
趣味のところは「オトコ」、好きなこと「セックス」と書いてあり、余りの大胆さに、おれはぽかんとなり、アホのように口を開けていた。
最後のところに、
「こんなワタシで良かったら、付き合ってネ」
と書いてある。
何じゃこれは、と思った。
アキは、おれと同じ中学出身のサルと付き合っているサトミの親友だった。
美人顔の、どこかクールでアンニュイな感じが、同級生には見えない。
大人びている。
やや下顎を突き出したすました表情からは、
「まだまだ同級生のあんたたちには、ワタシと遊ぶのは早いわよ」
と言った傲慢さが感じられたので、彼女の手紙は意外な気がした。
それと言うのも、入学直後の五月、サトミとアキが連れ立って廊下を歩いている時、おれと擦れ違った。
その瞬間、サトミがおれの方を見ながら、アキに耳打ちした。
「タイプじゃないよ」
と言うアキの声が聞こえた。
二人はクスクス笑いながら廊下を歩いて行った。
その時の雰囲気から、どうやらおれのことを言ったのだと思い、生意気な女だと思い、腹が立った。
おれもお前なんかタイプじゃないよ、と心の中で叫び、そのまま知らんふりして歩いて行った。
本当のところ、初心なおれは少々傷ついていた。
おれが不細工でダサいから、そんな言われ方をしたと思われるのもしゃくだから書くが、おれの身長は一メートル七十センチで、体重は五十六キロ。
昭和四十九年当時の男子としては、身長も平均的で、やせていたし、顔に関しても、自分で言うのはバカみたいだが、わりあい男前だと思うし、事実女子からはそう言われてきた。
中学時代、ラブレターをもらったり、交際を申し込まれたりと、ある程度もてはしたが、性格がシャイなため、積極的に女子と交際することはなかった。
ただし、おれが中学一年の時、卒業する三年の女子から交際を申し込まれ、付き合っていたことはある。
しかし、あれは、付き合ったっていえるのかなぁ。
彼女が卒業して、遠くの学校に行ったため、彼女が帰省した夏と正月くらいしか会わなかった(会うといっても彼女の家に呼ばれて、ごちそうになったり、家族を交えてトランプしたりする程度のこと)し、ごくたまに二人で映画に行くぐらいで、性的なことなんて、まったく考えもしなかった。
まぁおれ自身、彼女に特別好意を寄せていたわけでもないしね。
嘘みたいだけど、本当の話。
おれがホモというわけじゃあないんだ。
かっこよく言えばね、その頃のおれは、野球に恋していたし、女にそれほど関心もなかった。
まだ、性にも目覚めていなかったしね。
話を元に戻す。
「タイプじゃないよ」と言われた屈辱の日の数カ月後、おれはイメチェンをした。
入学直後は、野球部の坊主頭から、まだ髪がそんなに伸びておらず、中途半端な七三分けの髪型が、当時の写真を見ても、いかにもダサかった。
真面目だけが取り柄の、田舎の中学生のイメージであり、アキに「タイプじゃない」と言われても仕方なかったのである。
その後長髪にして、真ん中から分けた。
当時のイケメンは、こんな髪型をしていたのだ。
プレイボーイの様で、少々不良っぽい。
それが、気に入った。
自分で言うのも何だけど、結構似合っていたんだ。
髪型を変えるだけで、こんなにも雰囲気が変わるものかと自分でも驚いた。
N高校は人口三万余りの土佐の小京都と言われるN市の中心地にあった。
学校の玄関側のすぐ傍に、小高い山があり、山の頂に聳え立つ古城が、学び舎を優しく見下ろしている。
山の中腹にある公園には、高校の卒業生である上林暁の「四万十川の青き流れをわすれめや」と書かれた文学碑もある。
学校の裏手には市道を挟んで、清流四万十川の支流の後川が流れていた。
詩情豊かな環境である。
であるから、たまぁに上林暁のような作家も誕生するのである。
今から考えればN市も相当な田舎であるが、おれが住んでいた超スーパー・ド田舎の町から言えば、ずいぶん都会に思えた。
大げさでなく、その後大学で東京に出た時よりも、N市に出てきた時の方が、ワクワク感が強かったのである。
そんな感じだったから、田舎者のコンプレックスは相当なものだった。
アキには初対面の時の苦い思い出があり、手紙の文面からも、てっきりオチョくられていると思った。
まだまだ初心だったおれには、相当にハードルの高い相手であり、返事を出すことをためらっていたのだ。
そのアキが三年の仲田という不良と付き合い始めたことを、しばらくして聞いた。
毎日のように仲田のアパートでセックスをし、大きな声を出すとの噂が、クラスの男子の中で広がっていた。
アキの男好きは有名になった。
ある日の放課後、サトミとサルがおれのアパートに来て、
「今からちょっとつきあって」
と言う。
「どうしたがぞ」
と聞いても、
「いいから、いいから」
とサトミは妙にマジな顔で言う。
そして、二人の後についていった先が、アキの彼こと三年の仲田のアパートだった。
部屋には、アキがセーラー服のまま、仲田のベッドに横たわっている。
その瞬間、おれは鼻血が飛び出しそうなくらい、驚いた。
四人でしばらく、タバコを吹かした後、サトミとサルは、行くところがあると言い、いなくなった。
ここでサルとサトミについて触れておく。
サルはおれと出身中学が一緒で、中学時代から気障で鼻につく奴だったが、頭は学年一だった。
気障な感じが、田舎者が都会に夏休み遊びに行って、帰ってきたら都会風に振舞う、あの浮かれた感じである。
おれと一緒に剣道部に入ったが、サトミと付き合い始め、早々に退部した。
おれたちは、高校時代のサルのことを「動く性器」と呼んでいた。
サトミは、痩せて、背が高い。
ベビーフェイスで可愛い顔をしている。
が、スカートの丈はくるぶしが隠れるくらい長かった(当時の不良は、男子ならダボダボのズボンをたらして履き、女子はロングスカートを履くのが定番だった。漫画の『愛と誠』が流行っていたが、あのスタイルである)。
サトミは、中学時代から、年上の不良たちとバンドを組み、ボーカルをしていた。
バンド仲間とやりまくっていたらしい。
地元バンドの連中と、定期的にコンサートをしていた。
おれも一度観に行ったが、白いドレスを着て、スポットライトを浴びながら唄うサトミが、別人のように見えた。
地元N市の中学生の中では、スケ番として、名が通っていたらしい。
アキとは不良仲間だった。
もうすでに、外は薄暗くなっている。
アキはベッドに横たわったまま、タバコを静かに吹かしている。
おれは、今三年が修学旅行でいないことに気がついた。
まさかいきなり、こんなお膳立てをサトミたちがするとは思わなかったから、あっけに取られていた。
アキはベッドから起き上がると、冷蔵庫から缶ビールを出して、
「飲む?」
と言った。
おれは白木のアパートで、よく酒盛りをしていていたので、
「おぅ、暑いけん咽かわいたにや」
と、精一杯突っ張って言った。
タバコを持つ手が少々震えている。
「つまみ、柿の種しかないけんど、ええ?」
アキが言う。
「おう、上等、上等」
おれは心臓のバックンバックンを早く鎮めたいと、缶ビールを一気飲みした。
アキは静かに落ち着き払って、ビールを飲みながら、セブンスターを吹かしている。
アキの場慣れした雰囲気にも、おれはのまれていた。
おれは五百ミリリットルの缶ビールを三本立て続けに飲んだ。
「三木君、すんごいペースはようない」
アキは、おれが心臓のバックンバックン解消の為に一気飲みをしているとは気付かずに、笑って言う。
三本目を飲み干したあたりから、徐々に落ち着きを取り戻したおれは、ペースダウンしながら四本目に取りかかった。
アキも二本目を飲んだあたりから、目の周辺が赤くなり、どうやら目がトロンとなって、いつも以上にスケベな表情になった。
アキは、ベッドに横たわり、熱いからとセーラー服の上着を脱いだ。
まだ昭和四十年代後半の高校生の下宿には、クーラーなどなく、扇風機がブーンブーンとやかましくうなりながら、首をせわしなく振っている。
アキのピンクのブラジャー姿に、おれはたちまち勃起した。
アキはベッドに横たわったまま、天井を見ながらセブンスターを吹かし続けている。
おれは四本目の缶ビールを飲み終えると、ハイライトをまた吸った。
灰皿にはタバコ二ケース分の吸い殻が山になっている。
「三木君、やりたくないの?」
アキがストレートに誘う。
「お、おまえ、だ、だって仲田さんと付き合いようがやろう」
おれがうろたえながらそう言うと、
「彼だって、ワタシ以外ともやりようけん、別に問題ないよ」
アキが何でもないように、セブンスターを吹かしながら、静かに言う。
アキは、吸いかけのセブンスターを灰皿でもみ消すと、いきなりスカートを脱いだ。
「いいよ、しよう」
おれとアキは一体何回したのだろうか?
それすらも分からないほど、おれたちは朝まで狂ったように、し続けた。
童貞だったことは、おれのぎこちないしぐさで、アキにはばれているだろう。
あっけなく終わった一回目を皮切りに、五回目までは数えたが、後は覚えていない。
アキの声は確かに大きかった。
声だけでなく、胸もでかい。
陰毛は上品で、薄い。
アキの体は、大人びていた。
おれは初めてだから誰かと比較はできないけれど、普通の高校生の体のイメージからすれば、大人びていると思う。
アキは、身長が一メートル六十二センチで、体重は四十九キロだと言った。
ウエストにくびれもある。
体全体から、いやらしさが滲み出ている。
アキのはっきりした目鼻立ちや体躯から、欧米人の女性がイメージとして浮かぶ(根拠はないが、グラビアで見る外人がこんな感じだ)。
おれとアキは次の日、学校を無断欠席し、そのままやり続けた。
途中でコンドームが無くなり、薬局に買いに行った。
その時ついでにスーパーで、焼肉弁当も買って来た。
おれたちは、本能のまま生きる、さかりのついた犬のようだった。
おれとアキが死んだように寝ていると、ノックの音がして、目が覚めた。
そこにサルとサトミが立っていた。
二人は精液と汗とタバコの匂いでむせ返る部屋に入るなり、
「ちょっと、換気した方がええよ」
とサトミが窓を開けた。
二人は、おれたちが学校休んで、やりまくっていたことに、あきれていた。
「今晩、仲田さん帰ってくるけん、三木君もうそろそろ帰った方がええぜ」
サトミが、笑いながら忠告した。
それから一週間が過ぎた頃、アキに放課後、屋上に呼び出された。
そこにはアキ以外に、仲田と三年の不良仲間が二人いた。
アキは、不良たちの後ろで、無表情のままタバコを吸っている。
「おい、われ、おらがおらん間に、アキとやったらしいにや」
仲田が吸いかけのタバコを床に捨て、足でもみ消しながら啖呵を切った。
おれが黙っていると、
「もう、えぇやん、誘うたがワタシやけん」
静かな声で、アキが言った。
「わりゃ、だまっちょけぇ」
仲田が振り向いて、アキを睨んでいる。
「おぅ、おまえは、おらがアキと付き合いようが知っちょっち、やったがかぁ」
仲田はおれの前まで進み出て、おれの胸倉を掴んだ。
おれは黙ったままでいた。
おれは恐かったけれど、精一杯突っ張って仲田を睨んでいた。
その後、仲田にボコボコにされた。
おれは朦朧となる意識の中で、一生懸命に顔面をかばっていた。
今回は仲田にやり返す、理由がない。
ボコボコにされて当たり前だし、それくらいの覚悟でおれはアキとやったのだから。
日の暮れた屋上から眺める夜空に、星々が燦然と輝いている。
東の空に灰色の月が浮かんでいる。
仰向けになったまま、後数カ月すれば仲田が卒業することを思って、その間は、アキとのセックスはお預けにしようと考えていた。
おれはその足で、事の顛末を話そうと、サルのアパートに行った。
サルの部屋は暗かった。
ドアノブに、「外出中」の札がかかっている。
おれはドアが開いたら、サルの帰りを部屋で待とうとドアノブを回した。
鍵はかかっていない。
薄暗い部屋に人の影が見えた。
おれは慌ててドアを閉めたが、気になり、またドアを少し開け、中を覗いた。
サトミの背中が見える。
サトミがベッドに、座っているようだ。
長いスカートが、ベッドに黒い花びらのように妖しく広がっている。
いや、ただ座っているんじゃない。
これは、今、まさに、サトミとサルが、やっているのだと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
おいおい、鍵くらいしてやれよなぁ、と思いながら、おれはしばらく見入っていた。
サトミがセーラー服を着たまま、上になり、腰をくにゃくにゃと動かしている。
結合部分は、スカートで隠れているが、それが妙にいやらしい。
二人の「はぁはぁ」という吐息が漏れている。
サルはおれに気が付いたようで、ニッと笑い、左手でVサインをしている。
おれはその後、やる時は鍵をかけろ、と忠告したが、鍵が壊れているんだよ、と意に介した風もなくサルが言った。
まったく、しょうもない「動く性器」だ、と腹を立てたが、その夜、おれは眠ろうと目を閉じると、サトミの、悩まし気な腰の動きを思い出し、二回もこいてしまった。
なぁーんて言うのは妄想で、本当のところは、サルとサトミがおれとアキを残して、仲田の部屋から出て行ったシーンまで遡る。
そこからの続きが、こうである。
おれは黙ってタバコを吹かしながら、おいてあったマンガ本を読んでいたが、長い沈黙に絶えられなくなった。
アキは、相変わらず天井を見ながら、静かにセブンスターを吹かし続けている。
アキに、
「おれ、かえるけん」
と言って、アパートを後にした。
翌日、サトミから、
「三木君、アキになんちゃ、せららったがとねぇ、あきれちょったぜぇ、アキ」
と、教室の中で囁かれた。
「そうかぁ……」
と、おれは呆然と腕組みして、しばらく教室の天井を睨んでいた。
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