第3話

文字数 3,750文字

  あの廃墟ビルからの帰り道を歩き続けているうちにたちまち日は陰っていって、気がつくと辺りは暗闇に包まれていた。西の空遠くに橙色の光がかすかに余韻として残り、通り雨が微かに濡らして行った街をゆっくり歩いていった。たぶんいつもなら電車で駅一つか二つ分の距離だから、歩くには結構な距離だ。


 ヨウコはたまに僕に話しかけ僕はそれにたまににゃ~と答える。そのうちなんだか本当に友達になった気がしてきて、気持ちは朗らでその長い距離もあまり苦でなかった。いつの間にか道は細くなり、いくつか右に左に道を曲がっていってその奥まった一角に彼女の家があった。


 立派な門構えに頑丈そうな鉄門があって、その向こう側に幅広の玄関ポーチが待っていて、その二つの柱の一方に十分に明るい電灯が灯っていた。彼女は鉄門を開くとと僕を招き入れてくれて、それから玄関の鍵を開けて扉を開いた。

「ただいま〜」
「おかえり、きょう遅かったじゃない・・・って何よその猫?」
「コタロー」
「コタローって・・・何なのそれ?」
「名前だよ。このコの名前」
「名前ってそのへんの野良猫でしょ?汚いわよ!しかも黒猫じゃないの~」
「うん。もちろんちゃんと洗うよ」
「洗うってもダメよ。突然なにを言ってるの・・・飼うつもり?」
「飼うかわかんないけど、仲良しになったんだよ。「家に来てみる?」って聞いたら来るって言うからさ」
「またそんな空想か冗談みたいなこと言って・・・ほんとにもう勝手なんだから」
僕は玄関から体半分中の土間に中に入れてそうっと中を覗いてみた。ちゃんとした作りの家で思ったより大きいし玄関は土間が黒い石畳だけど、玄関ホールは木がたくさん使われていてヒノキのイイ匂いがした。ヨウコの母はそんな僕を明らかに嫌そうな目でそこから見下ろしてた。歓迎からは程遠いことを察して、僕は帰ったほうが良さそうだと思って後ずさりした僕を、ヨウコはさっと胸に抱えて靴を脱いで、一段上の式台に上がった。

「ちょっと待ちなさいっ。本気で飼うつもりなの?」
「いや、まだ飼い猫になるかどうかはまだわからないけど。このコは特別な猫なんだって。核戦争後の世界を一緒に生き延びた戦友みたいな仲なんだってば」
「なななにを言ってんの?本当にもう・・・核戦争ってまた漫画とか変な映画に見て影響でも受けたんでしょ」
「いや・・・今のは忘れていいよ。とりあえずこのコはさぁ、お風呂で洗ったらすぐ私の部屋に連れて行くから、問題ないでしょ」
「お父さんがいない日だからって勝手なことばっかり言ってもぅ・・・」
「えっ?今日いないの?」
「京都に行くって言ってたじゃない。ちゃんと話し聞いてないんだから・・・・明後日まで学会のために出張よ」
「そうだったっけ?別にいない日を狙ったわけじゃないよ。それにお父さんは別に猫がいても文句言わないって。文句はイイたいのはお母さんだけでしょ?」

「ああぁもぅ仕方ない子だわ・・・でもちゃんと洗うのよ。野良猫はシラミとかダニとかいっぱいついてるんだからね」
「はいはい、わかりましたっ」
と言って、ヨウコはホールに上がり奥の廊下へ進んで、そこから右に曲がった突き当りの奥にさささと早足で入ってゆくと右手にあったガラス戸を引くと、そこは風呂場でタイル貼りの白い床に僕を置いた。
「ちょっと待っててね」

 引き戸が閉められ、僕はそこに閉じ込められる感じになった。おとなしく待っているとまた玄関辺りで二人が何か話をしている声が聞こえてきた。ヨウコはともなく、その母は猫嫌いのようだ。別に飼い猫になりたいわ訳でもなかったし、風呂場の冷たいタイルに座りながら来てしまったことを僕は少し後悔していた。

 そのまましばらく待っていると、再びヨウコが戻ってきたみたいだ。すりガラスの向こうでモゾモゾしている。しばらくすると再び引き戸が開けられて、裸になったヨウコが入ってきた。

「どれどれ、それじゃ洗うか!」
と言って僕を再び抱きかかえると、鏡の付いた壁の前に持っていった。そしてシャワーととって僕の体にお湯をかけ始めた。

 調度よき温度のお湯が頭にかけられて全身に流れ落ちていく。こんなに気持ちのいいものがあるのか!とフワッと宙に浮いたような気持ちでいると、ヨウコの柔らかい指が僕の体毛をかき分けて体を掻くように洗い始めた。これはじつに気持ちが良かった。体を洗われるのははじめての経験だけど、これはもしかして夢なのか?と思えるほどの心地よさだ。すこし人間の飼い猫になっている猫らの気持ちが分かる気がした。

 さらにヨウコは僕に石鹸をつけて、頭からしっぽまでまんべんなく洗ってくれた。僕はそれを為すがまま受け入れた。それは優しくマッサージしてくれるようで、一分後にはほとんど寝てしまうほどリラックスしてきた。人間の風呂と言うものがこんな天国みたいなものとは知らなかった。

 するとそこで突然冷水が浴びせられて、僕の天国の夢は一瞬で醒まされた。体がきゅっと引き締まりしっぽがキュイーンと天井を向いた。慣れるとしだいに冷たさが気持ちよくなってきた。初めて人間に洗ってもらったけど悪くないものだな。いやヨウコが優しいからかな。そして猫の扱いも悪くない。
「はい、洗濯おわり!」
「みゃ〜」
「しかしあんたっておとなしい猫なんだね。でもさ、たまに体洗ってもらうのも悪くないでしょ」
「にゃ〜」
「よし・・・それじゃ少し待っててね」
ヨウコは僕を洗い終わると、次に自分の体にも石鹸をつけて洗い始めた。僕は傍らでおとなしくそれを見ていた。

 初めて裸の人間をみたけど、ほぼ全身が皮膚むき出しで体毛が殆ど無い。頭の毛の髪の毛はわかっていたが、腰の下、足の付け根の間にも体毛が付いている。人間にとっても大事なところだからかな?ヨウコは若い人間だからか、皮膚は艷やかな光沢がのっていて腰からした延びるへスラっとした足の線が美しかった。右手でシャワーヘッドでつかみお湯をかけながら左手を使って洗いながら全身を洗っている。二足歩行だとこういうことが出来るのか。なるほど!っと思いながら見ていると、洗い終えた彼女はシャワーヘッドを壁の取り付け部分に引っ掛けると、再び僕の体をサッと持ち上げて脱衣場に上がった。そして僕の濡れた体をタオルで丁寧に拭いてくれた。なんだか幸せな気持ちがしてきた。これが種を越えた愛情というものなのか?そんな言葉が自然と僕の頭の中に湧いてきてなんだかジワッと体の芯も暖かくなっていたら、素早く着替えを終えた彼女は僕を抱えて上げて、
「よし、それじゃ私の部屋へ行くか」
 そう行って二階へ階段を駆け上がり、廊下奥の突き当たらりにある彼女の部屋のドアを開けると、南むきの大きなサッシの窓ガラスの向こうに外の景色が見えた。隣の民家の屋根の上には、丸く赤い月の明かりがやたら大きく見えていた。ヨウコが部屋の電気をつけて、次に僕の目に入ってきたの、赤茶色の木目フローリングの床におかれた大きな学習机に乱雑に積み上げられた本の山、ベッドの上に乱雑におかれた洋服や雑誌、大きな本棚にも本本ほ本。内容まではまではよくわからないが、とにかく本好きのようだ。
「いらっしゃいって言うのも、なんかおかしいかな?」
僕は部屋中の歩ける床をぐるりと確認するように歩いた。なんか匂いもイイ感じだし、よき部屋だな。なんて思いながらここの飼い猫になるのも悪くない気がしてきた。部屋を一周してから彼女の前に立ち止まった僕は一声鳴いた。

「にゃ〜」
「まぁこんな部屋だけどさ、自由にしてくれ」
 と言われた僕はベッドに飛び上って、その上に乗っけられてるものを見たり匂いを掻いだり、窓ガラスのサッシの枠のところまでいて、段差に飛び乗って外の庭の様子をみたりしていた。
 
 すると彼女が僕の頭に手を回して撫でてきた。
「にしてもあの時は大変だったよね?あんたは言葉を話し始して時を飛ばすし、行った先は街ごと廃墟の絶望世界でマジでもう元の世界には帰れないかと思ったよ。信じられんことの連続だったてかあれ現実だったのかな?なんて思ったりするけど」
確かにあれは大変だった。僕もワンチャンもう帰れないかもと覚悟したよ。
「レイカは復活するまで、もうしばらく掛かりそう・・・。あっちの世界で起こった話は誰にもわかってもらえないだろうし、PTSDになって後引かないといいけどねぇ・・・」
 たしかに非現実的だから行ってみないとわからない。でも他にもYouTuberのなんていう名前だったか・・・二人の若者もいたし、あいつらと連絡を取り合えって話をして分かちあえばいいんじゃないか?とか僕は思うけどな。人間はそうやって心を労うんじゃないの?
「それともこっちから電話してみようかな?レイカもそろそろ落ち着いて話しできるかもだし」
それはイイ考えだ。ヨウコが話を聞いてやることがレイカにとって一番の癒やしかもね。
「それじゃかけてみっか・・・」
以心伝心したのかそう言ってヨウコは自分のスマホを手にとると画面を操作する前に着信音がなり始めた。
「レイカだ・・・」

以心伝心。かける前に向こうから来たみたいだ。もしかして次回はレイカが遊びに来ることになる?・・・あれ?これってホラシだったよね??


To be continued.

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

唯々野マユカ。都立雛城高校一年生。性格は明るくルックスよき。故に男子生徒から人気がある。それを自覚した振る舞いの出来るしたたかな面もある。弓道部所属で、”赤い目の女”編と天国と地獄”編に出た水原レイカの部の後輩。適当に入った部なので、皆からそのうちやめるだろうと言われている。レイカつながりでヨウコと知り合い一部からバカ勇者と揶揄されるヨウコのズバズハ物を言う気の強さの反面さばさばした感じのギャップを感じ、変なあこがれを抱いている。

コタロー。村山台の若い地域猫。ナレーションができる猫である。

年老いた茶トラの猫。眼光鋭い強面の健在で未だに外猫のなかでも一目置かれた存在だ。猫丸の先輩的猫。

ヨウコの母。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

ドローン

スーパーコタロー。

”天国と地獄”編の老紳士が再登場。廃ビルの元オーナーだと自称しているがそれ以外は不明。

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