第7話

文字数 3,579文字

ハッキングされたスマホ画面にポップアップした解像度の荒い老人のアイコン。ヨウコはその姿に見覚えがあった。それは前回気まぐれにここに探索で訪れた時に遭遇した謎の老人だった。


しかしマユカはそのことを知らない。

「なんかアイコン出てきましたよ!解像度低めのオッサン画像が・・・」
「・・・!!・・・」
〈ヨウコくんに再び会えるとは思わなんだ〉
「え?こいつ先輩を知ってる・・・?」

「なんで・・・?」

〈どうやら出会った時からいままで我々は、大いなる見えざる手の上でずっと踊らされていたようだ・・・フフフッ〉

「こいつの頭もかなりワイてるみたいですけど、先輩の知り合いですか?パパ活オヤジとか?」
「なわけないだろ!このビルの元オーナーの・・・」
「オーナー?こいつが!?」
〈となりの茶髪の君とは初対面だね?溢れ出る若さと元気を持て余してるようだが、ヨウコくんを先輩と呼んだということは、きみも雛城高校の生徒で一年生ということかな?〉

「そうだけど距離の詰め方キショいけど・・・先輩の知り合い?」

〈フフフ・・・どうやら君は目上のものへの言葉使いがなっていないようだ。最近の子どもたちは義務教育で丁寧語や敬語の使い方を教えられないのかな?〉
「なに古臭いこといってんの?頭のなか昭和?」

〈古い?確かにそうかもしれないねぇ・・・。私の構築した世界ではインターネットや携帯電話、コンピューターと言うものが存在しない。川の流れに浮かぶ草葉のような穏やかな生活には、我の張り合いによる喧騒や流行も気にする必要がなかったものでねぇ〉


「てか先輩こいつってゲームキャラですか?それともどこか現実に存在してる人間・・・本物のビルオーナーってことですか? いやいやそもそもこれって夢だもんなぁ・・・」

「夢だって決めつけない方がいいよ。たぶんここって夢と現実の中間点みたいな、微妙な世界だと思うから」

「夢じゃない・・・?」

〈まさにヨウコくんの言うとおりだよ。”微妙な世界”とは言い得て妙だねぇ。ここは通常の物理法則を超越した場所だ。虚数を含めた複素関数で表現されるような本来存在し得ない世界だ。また宇宙的視点から言えば、重力の特異点であるブラックホールの向こう側に存在する、と言えるだろう〉

「ブラックホール?言ってる意味わかんないですけど、とにかく二人は知り合いってわけなんですね?」
「知ってるってだけで別に友人でも何でも無いよ」
〈私はヨウコくんの理知と才知を兼ね備えた本質を見ぬいた一番の理解者だと自負しているのだよ。だからそんなつっけんどんな物言いをされると心なしか悲しくなるねぇ〉

「そんなことよりあの後どうなったの? 突然いなくなったみたいだけど」
〈いや私自身記憶がどうにも判然とせんのだが・・・知らぬ間にどこか深い穴蔵に放り込まれたようだ。そして気づけばここに居た。狭い場所に閉じ込められ自由が効かぬ状況だが、君との再会は嬉しいよ。ともかく、なんらかの特異な事象が引き起こされたことで我々はここで再会したようだ〉
「あんたも何故ここに居るのかわからないわけ?」
〈全くもって我々の預かり知らない事態が起きているようだ。それにあの万能の杖もどっかに消えてしまった。あれがあればここから脱出出来るのだが・・・〉
「アンタにしちゃ随分弱気ね。まぁいい気味だわ。杖がなけりゃただの無力な老人ってことね」
「杖ってなんです?」
「まんま魔法の杖だよ。どうせ言っても信じないだろうけど、本当に何でも出来る杖をこの人持ってたんだよ。キー&ウッシーもその杖でネズミに変えられちゃって・・・」
「ネズミって、それってつまり・・・ハリポタ的な世界設定ですか?ってことはこの人はつまり、魔法学校の校長アルバス的な存在てことですか!?」

「いやいやそれは無いない無いって、偉大な校長って言うよりも癖の強いセブルスだよ。てかアンタってそもそも何者なの?ビルオーナーっていうのも本当は違うでしょ?」

〈ん?そう言えばまだ名乗ってなかったか?それはどうも失礼したねぇ。 私は村山台ハイネスビルディングのオーナーの渡辺だ〉

「ビルの名前ちゃんとあったんだ! ハイネスって現実の見た目とのギャップがヤバい」

「た、たしかになんか調子狂うけど・・・・渡辺さんはいま置かれてる状況分かってる?」
〈実は私も状況を把握しきれてないわけだが・・・・ん?・・・・なにか・・・私の目前になにやらメッセージのようなものが・・・〉
「ん?なに?」
〈・・・・どうやら私たちよりも前から誰かがこの世界の主として存在していたようだ。そして彼はこのビルの本当のオーナーである私をここへ招来させた。そして司会進行をさせたいようだ〉

「なにそれ?」
〈私が思うにこの世界は、君が私の理想郷を訪れたことが影響して起きているのだろう〉
「私が?」
「ああ、君は私の作った世界に、つまり超次元帯にしばらく滞在していた。そして君は私と共に過ごす時間と知恵を受ける機会を失い、ともかく元の世界に帰ったのだろう?」

「そう!アンタに騙されて行方不明になってたレイカもちゃんと見つけて、一緒に戻ったわよ」

「帰った後に何か異変が起きなかったか?」
「とくには・・・・無いと思うけど」
「たとえば君と君の母親との認識に齟齬、もしくは学校の生徒の間で君が知らない、もしくは悪い冗談としか思えないような事件や事故にについてに話をしているとか?」
「別にないよ。学校も問題なし、親はいつも通りだったし」

「平穏無事というわけだね?だが現世の吉報は常世の世界では悪い知らせになり得るのだよ・・・・君は異界往還物語をなにか知っているだろうか?」
「イカイオウカン物語?」
「浦島太郎とか?」
「さっきからコイツいったい何の話をしてるんです?」
「マユカくん、人の話は最後まで黙って聞くものだよ」
「え?キショ!なんでこいつ私の名前まで知ってるの?」
「そういうヤバい奴だから」
「人の心を読むメンタリストとか?いや高齢ストーカー?」
「高齢ストーカーは悲しいねぇ・・・まぁとにかく私の話を続きをよく聞きたまえ。この世界から君たち二人が生還出来るかの成否にも関係する話だ」
「わかったから話して」

〈浦島太郎の昔話だ。浦島は助けた亀に連れられて異界である竜宮城へを訪れる。そして乙姫に歓迎されて饗応を受けた。帰ろうとして浦島が別れを告げると乙姫は「開けてはならない」と念を押しながら玉手箱を渡した。浦島が玉手箱を手にし故郷に帰り着つくと、龍宮で過ごした時間より遥かに長い年月が経っていて、呆然とする浦島は玉手箱を開けてしまった。すると自分も相応の年寄りの姿に変貌していた。これはよくある典型の浦島子伝説の概要だがわかるかな?〉

「浦島太郎なら子供の時に誰だも聞いてるんじゃない?」
〈そのとおり、日本で一番有名な物語かもねぇ。だが日本以外でも似たような民話や寓話が世界中に存在する。いま流行りの便所紙のように消費されては捨てられる、異世界アニメや子供向けの時の軽い小説も全部、浦島太郎が源流といっても過言ではないだろう。ジブリやディズニーアニメの作品の中から同じ構造で作られた作品を見つけるのもたやすいだろう。狭い世界しか知らなかぬ小さきものが、異界へ赴き未知の出会いと共に新たな何かを手にする。そして身につけた見地や知恵などと共に元いた世界へ帰ってみると、知らぬ間に自分が持っていたはずの何かを失ってしまっていることに気づく。つまり人間の移ろいを象徴する物語の原型、典型的かつ根源的な物語であるからだろう〉
「またウンチクが長くなってるけど、それが私とどう関係するの?」
〈君が異界から元の世界に帰ってきても、何も変化は起きなかったと言った。しかし異界へ渡った主人公は何かしらの大きな変化や喪失を経験するものだ。一般的にそれはネガティブな要素を含んでいる。ここから大きな想像の飛躍を伴うことだが、この世界の本来存在しないこのビルはつまり、異界を見聞きして現世に帰った君がもたらした変化の一つかも知れない〉
「もう話ついていけねーわ」
「そんな妄想話・・・って否定したいけど、確かにあの時あのヒトにそんな感じの事言われたような気が・・・」
「なに?あのヒト??」

「・・・いやそれより、誰かのメッセージってどんな感じ?教えてよ」

〈どうやら彼にはかねてから現界させたい世界観があったようだ。この世界に機会を得た彼はその計画を実行し、私の村山台ハイネスビルディングをモデルにしてその願望を詰め込んだビルに作り直したようだ〉
「それってつまり醜い廃墟ビルが整形して美形みたいな?フフッちょっとウケる」

「早合点は身を滅ぼすよ。中身が美しいかはまだ別の話だ。それではこの世界の主、ゲームキーパーから君たちへのメッセージを読み上げようじゃないか・・・」
To be continued.
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

唯々野マユカ。都立雛城高校一年生。性格は明るくルックスよき。故に男子生徒から人気がある。それを自覚した振る舞いの出来るしたたかな面もある。弓道部所属で、”赤い目の女”編と天国と地獄”編に出た水原レイカの部の後輩。適当に入った部なので、皆からそのうちやめるだろうと言われている。レイカつながりでヨウコと知り合い一部からバカ勇者と揶揄されるヨウコのズバズハ物を言う気の強さの反面さばさばした感じのギャップを感じ、変なあこがれを抱いている。

コタロー。村山台の若い地域猫。ナレーションができる猫である。

年老いた茶トラの猫。眼光鋭い強面の健在で未だに外猫のなかでも一目置かれた存在だ。猫丸の先輩的猫。

ヨウコの母。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

ドローン

スーパーコタロー。

”天国と地獄”編の老紳士が再登場。廃ビルの元オーナーだと自称しているがそれ以外は不明。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色