美味しいは幸せ

文字数 1,800文字

 「適度な休息やちゃんとした食事が大切」と気付いてから何ヶ月かが経った。そして、毎年恒例の健康診断にて、良い数値を叩き出した。流石に視力検査は良くならないものの、血液検査で経過観察だった数値が全て良好。唐突の契約と全回復、転送されてくる手料理。それがきっかけで生活習慣を見直し、それでここまで数値が改善するとは驚きだ。簡単に生活習慣は変えられない。それこそ、ぶっとんだ非常識なことが起きない限り。

 保健室のある学校とは違い、会社は指定された病院で、指定された期間内に、不在者が多過ぎない様折り合いをつけて検診を行う。しかし、その結果が届くのは纏めて。そうして始まる数値自慢。赤信号の数値を公言する場合、それは自慢か自虐か。本来ならば心配になって生活を改善しなければならない。しかし、やたらに笑顔で触れ回るのは何故だ。寝ない自慢みたいなものか。なんにせよ、関わるのも時間の無駄なので仕事に集中。仕事は、早く済ませて早く休む方が良い。それが、健康維持にも役立つのだから。

 健康診断から何日かして、謎の生き物は出現した。奴は相変わらず唐突で、相変わらず流れ作業で魔法を使う。慣れた時程ミスが増える。謎の生き物に流されてミスをしてはマズい。幸い、大きなミスもなく仕事は終わり、謎の生き物によって教会に転送された。

「おめでとう、今回で計十体の悪魔を退けられた」
 言ってから、回収した駒を触手でこねくり回す謎の生き物。そして、こちらを真っ直ぐに見つめた。

「褒美に、変身時は、より少女らしい見た目にしてやろう」
 言うが早いか、変身アイテムに触れる謎の生き物。すると、ロザリオは黒い光を放った。

「これで、ムダ毛は瞬時に処理され、美肌補正もつく」
 それなんてフォ○ショ。いや、美肌補正はとにかく、瞬時に処理されるムダ毛ってなんだ。そりゃ、少女であるからにはムダ毛も少ないだろうが例外もある。

「強い悪魔を退ければ、それに見合った強さも手に入る。だが、先ずはナリからレベルアップしなければな」
 布の服に桧の棒では、雑魚しか倒せないと言うことか。

「お祝いに、明日の朝食は少し豪華にしてやろう」
 そうして全回復も済まされ、魔法によって転送もされた。既にレベルアップ報酬の美肌補正は済んだかと鏡を見れば、「肌の白いは七難隠す」が眼前に広がった。美肌補正、半端ない。そりゃ、スマホの撮影機能に装備される訳だ。

 日は変わって朝。少し豪華だと言われた朝食に向き合う。朝からステーキである。肉は鶏ではあるがステーキである。ファミレス感のあるステーキである。人参やブロッコリー、コーンが添えられたステーキである。しかも、パンが雑穀入りでバターはカップ入り。コレステロールがたっぷりそうな朝食である。

 しかし、健康を気遣ったのかなんなのか、トマトジュースが傍らにあった。まさかの1リットル紙パック。あと、デザートに固めのヨーグルト。紫色のジャム付きの。朝からデザート付きとは確かに豪華である。人によっては、むしろヨーグルトが朝食。そんな商品もあるが、何も食べないよりはマシなのだろう。

 ステーキは見た目に反してさっぱりで、酸味のあるトマトジュースがバターのべたつきまでも洗い流す。シメのヨーグルトはひたすらに美味しく、ヨーグルトの無限の可能性すら感じた。腹は満ち、心も満ちた。使い終えた食器は洗い、飲みきれなかったトマトジュースは冷蔵庫に仕舞う。皿は知らぬ間に回収されるが、中身入り紙パックはどうなるか定かではない。

 残業を終え、帰還。残業代が楽しみではあるが、その分眠い。それでいて空腹。トマトジュースでリゾットが出来ないものかと考えたが、下手な冒険はせず、ジュースはジュースで味わう。洒落たリゾットより手軽な茶漬け。お腹にも財布にも優しいホカホカ茶漬け。鮭フレークと味付け海苔を使って作れば、途端に食費は跳ね上がる。しかし、インスタントでは味わえない旨さがそこにある。色々と面倒な時の茶漬け、食べ終えた時の満足感は凄い。腹持ちは微妙だが。

 変身状態がレベルアップしても、いまいち嬉しくはない。だが、食事が豪華になるのは嬉しいものだ。人間の三大欲求の一つ食欲。腹が満ちるだけで幸せ。美味しいもので腹を満たせればより幸せ。それで健康的なら尚良し。美味しいと感じる食べ物が健康的とは言い難い。むしろ、濃い味が旨いと感じるなら健康的とは逆方向。
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登場人物紹介

社畜
流されやすい会社員

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