開かれた教会の門から

文字数 3,517文字

 休日出勤の日。いや、出勤したのは今日では無かった。まあ、とにかく、久しぶりの太陽を浴びたらクラっときた。仕方ないな、夏だから。近くに喫茶店でもあれば一番だったが、見あたらない。
 飲み物位持ち歩くべきだった……そう反省しながら歩くと、開かれている門を見つけた。この際なんでも良いから休みたい。倒れて搬送されたら仕事に差し支える。

 門をくぐれば、ひんやりとした空気。開け放たれていたから冷房は効いていないだろう。だが、それでも炎天下で日光を遮られた場所は天国だ。特に、体力が削がれている状態の今は。
 人心地ついて屋内を見れば、前方には十字架。どうやら、ここは教会らしい。日曜学校は誰でも参加出来ると聞いたことがあるから、門が開いていたのはそのせいか。しかし、それにしては人気(ひとけ)がない。

 座って休むにも許可が要るだろうと、ふらつきながら前に進む。もしかしたら、気付かないだけで誰か居るかも知れない。そう言えばこの感じ、あれに似ている。街の外で体力魔力共に一桁になって、命辛々教会にたどり着く。そして、NPCに向かってボタンを一押し。

「……して全回復しますか?」

 そうそう、それで「はい」を選ぶやつ。宿だとストーリーが進むにつれて高くなるのに、教会はタダでやってくれる。だから、わざわざ遠回りして教会の在る街に向かったもんだ。リアルだったら、移動費や時間を考えてやらないけど。

「……て全回復しますか?」
「はい」

 思わず答えてしまったが、そもそも誰の声だ。疲れ過ぎて幻聴……?

 泊まり込みと暑さで弱って重かった体が軽い。しかも、偏頭痛に喉の閉塞感、肩こり胸焼け胃痛に腰の痛み。体の不調と言う不調が消えていた。これはむしろポックリ逝ってしまったのか。だから体は軽いし、逝っているから不調も関係ない。

「おめでとう、今日から君は退魔少女だ!」
 なにこれドッキリ? ドッキリなの? チューバーが閲覧を稼ぐ為に一般人を巻き込むドッキリなの? だったら、肖像権やら主張して、通報すべきなの? 大体にして、誰の声? そう考えている時だった。三角耳から触手を生やした生物が、その触手を使って目の前に現れた。

「君には、全回復を見返りに、変身して悪魔を封印して貰うよ!」
 ドッキリにしては手が込んでいるな。この生き物、わざわざ作ったのか? 3Dプリンタで作るにしたって、こんな動きをさせるのは難しいし、記憶が確かならVRはレンズ越しでなければ出来ない筈だ。

 謎の生き物の仕組みに興味はあるが、関わったらろくな目に遭わない予感がする。何より、食料を手に入れたら、なるはやで会社に戻るつもりだ。週明けまでにやらなければならない仕事がある。あれを終わらせなければ、会社に居場所はなくなる。そう考え、教会を出ようと体を動かした時だった。あの生き物が前に回りこんできた。RPGで言う「まわりこまれた! にげられない!」戦闘。よもや、リアルの教会でそれが起ころうとは。

「大人なら、契約はちゃんとまもってよ。僕と契約して全回復しますか、に肯定の返事をしたじゃない!」
 口約束じゃねえか。しかも、問いの前半聞こえなかった。

「夜遅くに月に数回、悪魔を封印するだけのお仕事です」
 何が封印するだけのお仕事だ。そもそも、悪魔を封印するってなんだ。ファンタジーか。

「給料は先程の様な全回復。福利厚生として、移動魔法はこちらで発動します」
 ファンタジーとリアルがごちゃ混ぜじゃねえか。移動魔法ってなんだよ、交通費のことか。

「なお、契約を破った場合、貴方の魂はフルボッコされます」
 訳が分からないよ。え? 魂が人質って、ファンタジーもファンタジー過ぎない? どうやったら魂フルボッコ出来るの。

「肉体など、魂を入れる器だからね! 僕にかかれば、魂を取り出すことも、器をメンテナンスすることも朝飯前なんだ!」
 メンテナンス言うな。あと、こちらも朝飯食ってねーわ。リポ○タとコーヒーで耐えてきたわ。

「そっか、じゃあ美味しい手料理もつけよう。勿論、作るのは僕じゃないから安心してね!」
 全く安心出来ない。

「では、移動魔法のプロモーションも兼ねて、可愛いシスターを呼ぶよ! シスターが手料理を作ってくれるかは、交渉次第だけどね!」
 交渉次第って……いやいや、問題はそこではなく。道を塞ぐ生き物は、触手をくねらせながら何かを唱え始めた。その何かは、マジオコな猫以上に何を言っているのか分からない。

 そうこうしているうちに、生き物の前に小柄な女性が現れた。あまりに近い位置に現れた為、女性の被っているベールが顔を撫でた。下手に触れない様、反射的に一歩下がる。人がいきなり現れた衝撃など、変な生き物に出くわした後では可愛いものだ。

 生き物がベールの女性に状況を説明し、女性は頷きながら話を聞く。この隙に逃げ出したいところだが、また回り込まれても嫌だ。通路に女性が増えた以上、通るに通れないし。
 暫くして女性は消え、謎の生き物だけが眼前に居座った。相変わらず耳から生やした触手で、地面から体を浮かせている。

「喜べドウテイ、直ぐに手料理が食べられるぞ」
 腹立つな、この生き物。大体にして、手料理を頼んですらいない。

「ドウテイには、手料理は刺激が強いか? 手料理が旨いからって惚れるなよ? ドウテイには勿体ない」
 なんだコイツ、どれだけ見下せば気が済むんだ? しかし、下手に動いても魔法が本当にあるのなら逃げられない。

 程なくして背後から物音がし、紙袋を持った女性がこちらにやってきた。ベールや体格から推測するに、先程やってきた女性なのだろう。
「はい、どうぞ。余り物を詰めた簡単なものですが、作ったのは今日ですから、衛生面では安全です」
 差し出された紙袋を受け取る為、体も女性の方に向けようとした瞬間だった。

「じゃ、転送な」
 謎の生き物の声。そして一瞬で変化する周囲の環境。分かったことは、謎の生き物の魔法は本当で、しかも会社の場所まで押さえていること。更には、会社の人目につかない場所まで把握している。これは驚異だ。なにしろ、女性はあの生き物に呼び出されたのだ。それが当人の意思と無関係ならば、謎の生き物は好き放題やれる。たまったもんじゃない。

 しかも、あの力の前では逃げるに逃げられないと言うことだ。転送魔法とやらの有効範囲がどれ位かは不明だ。不明だからこそ厄介だ。そう、つまり今やるべきことは、あの生き物や契約ではなく本来の仕事。気分はこれ以上ない位に切り替わった。腹は減ったままだがデスクに戻って仕上げにかかろう。

 静まり返ったフロアに戻り、デスクに向かう。捨て損ねた暗褐色の瓶が目印だ。そう考えていたらデスクを通過しかけた。理由、見慣れない明るい色の紙袋。その紙袋が瓶を隠していたのだ。
 紙袋、会社を出る前には無かった。そして、曜日が曜日だけに人は居ない。事件の匂いがするが、紙袋をどかさないと仕事もやりにくい。そう思いながら紙袋を覗けば、三角おにぎり。しかも、海苔は全体に巻かれ四個も入っている。

 おにぎりを取り出し、その下を確認すれば、サラダチキンに野菜ジュース。簡単ながら三大栄養素と飲み物が摂れるメニューだ。それでいて、容器の類は無いから返す必要もない。
 そう分析したところで、紙袋が怪しいことには変わりなく。せめてメッセージでも残っていれば、出所が分かる。そこまで考えて、紙袋を空にした。しかし、飲食物以外は入っておらず、溜め息混じりに紙袋を畳んで端に置いた瞬間。

 紙袋が消えたのだ。どこに消えたかは定かではない。だが、この現象は先刻に見た。あの生き物の魔法だ。つまり、この紙袋は飲食物ごと転送され、紙袋だけ回収された。その仕組みは分からない。分からないが、腹が減ったので食べるべきものは食べよう。用意したのは、紙袋を持ってきた女性だろうし。受け取る前に起きたことで、紙袋がどんなものかもうろ覚えだ。しかし、食べ物に罪はない。食料を調達する前に会社に移動されられたから、他に食べ物も無いし。

 椅子に座っておにぎりにかけられたラップを剥がす。手作りらしき海苔のしっとり感が、薄い膜の下から現れた。おにぎりを一口かじれば仄かなしょっぱさ。海苔と塩の海のハーモニー。そして、目が覚める位に酸っぱい梅干し。色が染みている箇所も旨い。

 おにぎりを一つ食べてはチキンをかじり、またおにぎりを食べてはチキンをかじり、締めに野菜ジュースを飲み干して腹は満ちた。ある意味で、日曜日の昼食たる昼食だった。火を使わずに済みながら腹も心も満たされる。さて、ゴミは片付けてスッキリさせてから仕事も片付けるとするか。
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登場人物紹介

社畜
流されやすい会社員

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