皆で食べると飯は旨い

文字数 3,486文字

 全回復と手料理で、仕事の質が上がる。そんな、「仕事の調子も体調次第」と言う事実を、ぼんやり考えながら昼食を摂る。勉強もそうだが、適度な休憩と気分転換が効率を左右する。しかし、幾ら働き方改革が叫ばれようと、休むに休めない空気は存在する。ワーカーホリックはワーカーホリック、緩く働きたい人は緩く。国によっては叶うのに、滅私奉公なる言葉がある国では望みは薄い。

 会社によっては、昼寝も許されるらしい。だが、そのウリは往々にして「入社したら違った」となる。有給休暇が、なんだかんだで消化出来ないのも同様だ。サービスはされたら嬉しいが、する側の体力にも限りがある。残業にしても、働いた分が払われるなら良い。ところが、非効率な仕事で時間を伸ばし伸ばしにした先輩方のツケで、「残業する奴は無能」なんて考えもある。

 単純作業ならいざ知らず、顧客次第の仕事は残業の理由が理由だ。ただでさえ振り回されて疲労するのに、無茶な要求を飲むために無理をする。しかし、受け入れなければライバル社に持って行かれ、それで会社が潰れたらどうにもならない。「雇用を水増しして平気な、他社と競争のない無能集団」とは違うのだ。

 食べ終わった弁当の蓋を閉じ、大きなゴミ箱へ捨てに行く。デスクにもゴミ箱はあるが、邪魔にならない小さなサイズ。ちょっとした運動も兼ねて、大きさのある弁当の空箱は大きなゴミ箱に捨てる。そして、その足で珈琲を一杯。熱くて飲めないフリをしつつデスクから離れる時間を伸ばし、歯磨き代わりにクチュクチュし、色々スッキリさせてからデスクに戻る。

 程良い休息が効率アップに繋がるならば、これで幾らかは良くなるだろう。なる筈だ。
 そこそこ効率アップしたが、全回復時には及ばなかった。とは言え、ろくに休憩せずに仕事をするよりは早く帰れた。と言う訳で、自炊である。良い食べ物は良い体を作るし、健全な体には健全な精神が宿る。健全な精神を持てれば、ストレス耐性も高くなる。

 安い鶏肉を煮て、色が変わったらもやしを追加。コンソメキューブを投入して溶けるまでかき混ぜる。溶けたら蓋をして余熱で火を通す。その間にレタスを千切りミニトマトからヘタを取って混ぜる。ご飯を盛り付け、箸を用意したら食事開始。スープは鍋から、雑なサラダはボウルから。皿に盛らなくとも栄養は変わらない。ただ、行儀が悪いだけだ。
 夕食を終え、洗い物をしようとした時だった。鍋の中から、ぼわっとアイツが出てきた。

「仕事だ。変身しろ」
 食休みが欲しかったが仕方ない。アイツに逆らうのも面倒なので、何も言わないで変身する。そして、有無を言わせぬ転移魔法。今回は、暗いアパートらしい。あと、とにかく臭い。オソマの中に混ざるピザとお菓子の匂い。腐った卵の中に脂っこい匂いと牛乳系統の吐瀉物の匂いが混じり合い、目鼻喉にダメージを与える例えようの無い刺激的な匂いもある。

 足の下には、湿った何か。あと、何かがカサカサいっている。暗くて分からないが、多分ゴキ。謎の生き物は、何故か知らないがほんのり光っている。まるで、ファンタジーに出てくるキノコのように、青系にほんのり光っている。

「今回は楽だ。画面しか見えてない」
 ほんのり光りながら移動する生き物。触手は、天井にくっつけて移動することも出来るようだ。
 移動する最中、何か柔らかいものを踏みかけた。そして、掠れた小さな声。嫌な予感しかしないが、足元を見ても暗くて分からない。

「あれ」
 柔らかいものを避ける様に歩き、謎の生き物が指す方向を見た。青白い光に照らされ、丸まった背中が見える。その背中をアイツは指している様に見えた。

「グロリア、グラタン、エビドリア!」
 背中に向かって何かが飛び、何かに貫かれた当人は横に倒れた。それにより、ディスプレイの光が部屋を照らし、アイツが駒を回収する様子もまあまあ確認出来る。

「仕事完了だ」
 そうして教会に飛ばされ、流れ作業で全回復。今回の駒は、始めの駒の色と同じに見えた。

「朝食は届ける。妙なサラダで、体調を崩されても困るからな」
 余計な一言を終え、魔法で転移させてくる謎の生き物。サラダは、アイツが現れた時には食べ終えていた筈だ。まさか、こちらの様子を窺い、食べ終えるのを待って鍋から湧いたと言うのか? アイツの存在からして非常識で、その仮定を否定出来る要素がない。

 いや、深く考えるのはやめだ。先ずは、アイツの出てきた鍋を洗……その前に、変身を解かなきゃならなかった。危ない危ない。今回は、洗い物前に手袋で気付けたから良い。だが、うっかり部屋着のつもりで買い物に行こうとしたらアウトだった。色々と終わる。

 変身を解除して洗い物も済ませる。全回復したと言うのに精神疲労が半端ない。可愛い魔法少女ですら正体を隠すのに、そうでない大人があの衣装。バレたらアウトだアウト。せいぜい、罰ゲームを装って誤魔化す位しか出来ない。

 しかし、あの部屋はなんだったのか。汚部屋であることは間違いないだろう。だが、あの生暖かい何か。あれって、子供だったのではないだろうか。もしかしたら、踏んだことでトドメをさしてしまったか? もし、そうであれば通報されてニュースにもなる。だが、あの環境から察するに、何かがあっても気付かれないまま終わりそうだ。それこそ、沢山有った臭いの元に埋没して行方不明。そして叩かれる行政の不備。助けられた命が助からないと、行政はむやみやたらに叩かれる。下手したら、後先考えずに作った奴らより叩かれる。

 だが、人数が足りない上に警察の様な権力もない。その状態で「自分さえ良ければ子供がどうなろうが構わない、とてつもなく自己中心的な奴ら」を相手にする。中には、子供が苦しむのを楽しみ、動画に撮る異常な悪魔的ババア達も居た。そう言う倫理や他者の痛み、諸々がどうにかしている奴らを相手にする。そんな仕事、やりたい人は少ないだろう。

 理想は九時五時、デスクワーク。それでいて責任は重くない。そんな仕事が若者には人気。バブルの頃ならいざ知らず、今は苦労しても見返りがない。それを目の当たりにしてきたら、責任ばかり増える管理職につきたくない若者が増えるのも無理はない。

 部下の責任は負わされ、上からはせっつかれ、階級に応じた手当ての代わりに残業代は出ない。それで得られるのは、経験と疲労。権力でやりたい放題の身なら楽しいかも知れないが、それを放置した会社は傾く。有能な社員は、上がそんなんじゃ見切りをつけるからだ。

 そうして、「業務をこなすスキルの高さ」より「上をヨイショするのが上手い奴」が集い、その分の業務が他に回る。何倍もの業務をこなしても、ヨイショが上手くないせいで上に嫌われ、体を壊して辞める人が続出。以降、負のスパイラルで会社は消える。働き方改革、それは何を改革してくれるのだろうか。

 今日も今日とて仕事である。クライアントからの無理を営業が受け入れた為、案件は時にジェットコースター。遠い岬で、南十字星を見ながら、ラベンダーの香りで気持ちを落ち着けたい。ジェットコースター、最後に乗ったのは何時だったか。忙しい時程くだらない考えが浮かぶと言うが、基本的な部分なら手は勝手に動くのも面白い。さて、今日は夕飯を食べられるかどうか。

 ピリピリした空気のせいか、営業の奢りで弁当が届いた。こう言うさり気ない気遣いが、会社内のバランスをなんとか保つのに役立っている。たかが弁当、されど弁当。ワンコインだろうがなんだろうが、買いに出なくても温かなご飯。味わう余裕は無くとも、温かな弁当はありがたい。

 ゴマリグナンにクエン酸、何かしら体に良い成分を白米と共に噛みしめる。そして、鮭のフリをした鮭ではない焼き魚。噛みごたえのない玉子焼。衣がしっとりの磯部揚げに小さなコロッケ。べっちょりした敷パスタ。ねっちょりした芋サラダ。弁当で見かけがちなおかずを腹に収め、良く冷えた緑茶で流し込む。油分と塩分の多い弁当の後味を、緑茶の苦味が消してゆく。量産型弁当には、濃い緑茶が凄く合う。

 夕食後、軽く息抜きをしてから仕事を再開する。やや胸焼け気味だが、薬に頼る程でもない。油の吸収を抑える珈琲を一気する程度の対油分。眠気対策だけでなく、口のモヤモヤに珈琲。クロロゲン酸、大歓迎。

 キリの良いところまで進め、効率も落ちてきたので退社する。無理に続けても良いことはない。全回復して分かった。効率の悪いまま無理するのは、良いことなし。しっかりと体を休めねば、非効率も非効率。時間を無駄にするだけだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

社畜
流されやすい会社員

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み