4.生徒会執行部についての考察

文字数 6,921文字

「――というわけでして。猫の能力者じゃないって、本人は言ってるんスよ。まあ、あんまり鵜呑みにはしない方がいいと思いますけど」
 一人掛けのソファーの背もたれに片腕をかけ、空いた手を振りながら柴田先輩がため息をついた。その向かいに座り、体だけこの部屋の主たる小野寺先輩へと向けて俺も話に相槌を打つ。柴田先輩はよっぽど昨日のシロの態度が気に入らなかったのか、話す態度はムスッとしていて始終機嫌が悪い。
 俺と柴田先輩は昨日の件の報告をするべく、早朝から生徒会室を訪れていた。朝、登校してきたら下駄箱で柴田先輩の待ち受けに会い、そのまま連行されたのだった。こんな早くからいるのかと思ったら、すでに小野寺先輩は登校してきていた。もちろん、花鳥も一緒に。
「なるほどな。その、シロとか言ったか?は、猫の関係者と言っている様だが、あたしたち十三支の知っている能力の範囲を随分と超えた存在のようだな。柴田の式神、コロ太と同列のようなものと言いながら、自ら影猫を退ける力を要するとは」
 俺たちの報告を聞き終えた会長は、難しい顔をして唸った。ちなみに建設現場破壊については、小野寺会長はこちらでなんとかすると言ってくれた。先にコロ太が報告に行っているとはいえ、気になっていたんだよな。本当、関係者の方々には申し訳ない……。
「単純に考えれば、シロという少女は猫の式神。でも、今は事情があって猫の能力者より影猫を退ける力を借り受けている。……とうことスかね?」
 柴田先輩の言葉に、小野寺先輩が頷く。
「そう考えるのが自然だろうな。分からないのは、それを命令している主たる猫の者が全く見えないことだ。式神に影猫を退ける力を与えてまで、一体何をしようとしている?……いや。あるいは、そうするしかなかった、か?」
「なーんか、良くわからないっスね」
 ぶつぶつと呟き思考を巡らす小野寺先輩とは対照的に、柴田先輩は考えることを諦めたようだ。背もたれに体を預けて天井を仰ぎ「腹減った~」などとこぼしている。まあ、朝練後だろうし、しょうがないっちゃあしょうがないか。
「とにかく、こちらでもそのシロという少女を探ってみよう。柴田は引き続き、伊吹くんの護衛を頼む」
「了解!」
 小野寺先輩が思考から戻ると同時に、ピシッと背もたれから起き上がり、ビシッと敬礼をして答える柴田先輩。
「ははは……」
 本当、柴田先輩って小野寺先輩の前では元気だな。
「あ、そうだ。小野寺先輩。あっちの件はどうなってるんスか?解決しそうっスか?」
「ん?ああ、そうだな……」
 急に真剣な表情で話を切り出した先輩に、小野寺会長が一瞬ちらりと俺を見る。
 うん?何だ?
「まあ、いいだろう。伊吹くんもこの豊城の地に居る間は、卒業しようとも我々十三支の護衛の下生活していくことになる可能性が大きいからな。我々の身の上に起きていることを聞く権利があるだろう」
「え。俺って、そんなに長いこと皆さんのお世話になる可能性があるんですか?」
 小野寺先輩の言葉に、驚いて思わず身を乗り出した。それに、会長は困ったような同情するような表情を浮かべる。
「誠に残念ながら、影猫に狙われたら最後、生贄になるまで生涯狙われ続ける。アレらをこちらへ具現化するために必要な力を自覚がないにしても、持っているということだからな。嫌でも影猫を引き寄せてしまうんだ」
「ま、本気(まじ)ですか?」
 信じられない思いで尋ねた俺に、小野寺先輩はこっくりと強く頷く。
「残念ながら、今のところ逃れる方法はない。故に、生涯、我々十三支の庇護下に置かれることになるだろう。この豊城高校に在籍している間は我々が。卒業後、この地を離れれば幾分か縁が遠くなるため心配する必要があまりなくなるのだが、残るのであれば、大元の十三支会の庇護下に入ることになる」
「十三支って、この学校以外にもある組織なんですか」
 尋ねた俺に、小野寺会長が頷く。
「ああ。むしろ、この学校の仕組みが猫の者が現れてから出来たもので、まだ新しいんだ。元々は十二支会という名だったんだが、猫の者が現れてからは十三支会と呼ばれている。まあ、猫はあくまでこの学校内の話であって、十三支会には以前の通り十二支の名称が守り手に与えられているんだがな」
 小野寺先輩の話に、俺はただ「はあ」と気の抜けた返事をするしか出来なかった。影猫とか干支の能力者とか、一般人が聞いたらそれだけで信じもしないことだろう。しかし、子供の頃から影猫は見えていたし、干支の能力については昨日のことで目にしているから信じないわけにいかない。だが、まだ目にしていない十三支会という大きな組織に関しては、本当にあるという実感があまり湧かなかった。
「まあ、それはまだ先の話だ。今は、目先の話をしよう」
 コホンと小さく咳払いをする会長は、やっぱり小学生がごっこ遊びをしているように見えて微笑ましい。本人には自覚がないが、こういう側面が人気の一旦を担っていることは間違いないだろうと、俺は現実逃避がてら分析する。将来のことは、今は考えないでおこう。会長の話が本当なら、俺はきっとこの豊城の地をいつか離れることになるんだろうな。
「実は、数か月前から十三支の能力者が襲われる事件が起きていてな。我々の中にも被害者が出ているんだ」
「それは、襲っている人はやっぱり影猫ですか?」
 その質問に、会長は頭を左右に振った。
「いや。加害者はどうやら能力者のようだ。襲われた人の証言からして、我々と同じ十代の少年。ただ、その眼は獣の目をしており、動きも俊敏。影猫を使役し、襲ってくるとのことだ」
「あちら側の傀儡になった人間っスかね?」
 柴田先輩が興味津々に瞳を輝かせている。それに、小野寺先輩は眉を顰めた。
「その可能性は高いが、断定はできない。もしかしたら、もっと力のある“何か”がこちら側の人の形をとっている可能性もある。とにかく、あらゆる可能性を考慮して我々は動くべきだな。一つの考えに固執するのは危険だ」
「了解!肝に命じておきまっす」
 やけに張り切る柴田先輩に、会長はため息をついて頭を押さえている。まあ、こんなに全身全霊でその襲っている人物と戦いたいですと言われては、頭が痛くなるのも納得だ。当の本人はその心労に気づいた様子もないわけで。
「さ、そうと決まればちゃっちゃと授業を受けて、今日も護衛に励むぞー!」
「やる気があるのは喜ばしいが、くれぐれも先生の声を子守唄にしないようにな。柴田」
 片手を天高く上げて宣言するその姿に、会長からの鋭い言葉が飛ぶ。その瞬間、先輩の体が震えたことを、俺は見逃さなかった。
「や、やだなぁ、小野寺先輩!俺、そんな不真面目な生徒じゃないっスよぉ」
 泳ぐ視線で言われても、何の説得力もない。噛んでるし。
「……まあ、良い。とにかく、気をつけてくれ。どちらに遭遇したとしても、あまり無茶はしないように。撤退もまた長生きするためには賢い選択の一つだ」
「分かってますって!じゃあ、そろそろ本気でやばそうなんで…。行こうぜ、伊吹」
 ドアノブに手をかけて回しながら言う柴田先輩には、俺も不安しか感じられない。俺さえそうなのだから、会長の心境など想像するに及ばない。
「あ、はい。それじゃあ、失礼しました」
 柴田先輩の声に、慌てて俺も隣のソファーに置いていた鞄を手にとった。
「ああ」
 返事をする小野寺先輩の顔が、心なしか疲れているのは気のせいではないだろう。俺は申し訳ない思いで、頭を軽くさげつつ生徒会室を後にした。
……というか、なんで俺が申し訳なさそうにしなきゃならんのだ。
 前を行く背中に軽く悪態をつきつつ、そう言えば花鳥が最初の「おはよう」以外喋らなかったなと、どうでも良いことに思考を巡らせた。そんな俺の耳に、一時限目のチャイムが聞こえ、慌てて廊下を足早に教室へと向かったのだった。


「なあ、青也。お前、ここ二日間連チャンで生徒会に毎朝行ってるみたいだけど……あの話、何か小耳に挟んだりしてないか?」
 お昼休み。食堂でいつものかけうどんを食べながら、向かい席に座ったクラスメイトで親友の大道太志(だいどうふとし)が声を潜めて聞いてきた。ちなみに彼の前には大盛りカレーライスと豚骨ラーメンが置かれ、既に半分は食べきっている。相撲部に所属する彼にとって、それでも午後の授業が眠くなるからと控えめにしているのだと聞いたことがある。出会ってから三ヶ月。俺にはもう、見慣れた光景だ。
「うぉ?んぐ、何を?」
 口の中の麺を呑み込んでから、俺は首を傾げつつ聞いた。とりあえず周りの人々に、俺は生徒会に知り合いがいて、手伝いがてらパシリにされていることになっている…はずだ。
「何って、お前知らないの?ここ最近、うちの学校の生徒が何者かに襲われて怪我したって話。しかも、全員生徒会の関係者っていうじゃないか。お前が仕事を手伝わされてるのって、それで人手不足になったからじゃないのか?」
 食べていたカレーライスの先割れスプーンを俺に向けて、ピコピコと振りながら言う太志。
「ああ、はいはい。そう、そうだよ。うん、そう。いやー、参っちゃうよね。それで引っ張り出されてパシリなんて」
 あははと笑って誤魔化せば、太志も同情した目で俺を見ている。
 うん、ごめん。半分は嘘で、本当にごめん。きっといつかは、ちゃんと話すから。
「本当にな。大変だったら何時でも言えよ?一緒にその知り合いの所へ行って、抗議してやるからさ」
「あはは、有り難うな。その時は、頼りにさせてもらうわ」
 本当に太志は男気があり、正義感の強い良いやつだ。見た目は制服ぴちぴちで一見するとだらしなく見えるが、彼は彼なりにきちんとやっているのだ。俺はそれを知っている。
 ちなみにこの太志君。入学三ヶ月にして、既に同学年の彼女持ちである。リア充である。しかし、爆発しなくても良い。俺が許そう。クラスは隣と離れているが、新聞部に所属するやたらに好奇心の強い子だ。入学式の登校初日に他校の生徒に絡まれていた所を、中学校では柔道部だった太志に助けられたのが馴れ初めとのこと。全く、世の中回る人のところは上手く回っているものだと感心してしまう。
 ちなみに名前は北村菫(きたむらすみれ)と言い、綺麗系というよりは小動物の様な可愛さを持った瞳の大きな少女である。恐らく今回の話も、彼女に焚き付けられて俺に切り出してきたのだろう。何せ彼女は入部早々面白い記事を連発させて校内の話題を攫った、期待の新人部員なのだから。それが原因で、今回俺は生徒会に呼ばれた日にしつこく追い回される羽目になったわけだけど。俺が何もスクープを持っていないと知るや否や追いかけて来なくなったと思ったら、今度は太志を使って来るとは抜け目ないぜ。
 まあ、そんなことはこいつの前では言わないけどな。
「ところで、急にどうした?そんな話題、お前だったら普段はさほど気にも止めないくせに。……あれだろ?どうせ、北村さんの差し金なんだろ?」
 そう言ってニヤリと笑えば、太志の顔が赤く染まる。
「ははは。やっぱり青也には分かっちゃうか。うん、その通り。彼女が連続生徒強襲事件って銘打って、記事にしたがっているんだ。それでここ二日間、生徒会に出入りしてるお前だったら、何か聞いてないかなと思ったんだってさ。だから、何か知っていれば頼むよ、教えてくれないかな?」
 照れて頭を掻きながら言う太志に、俺はニヤニヤを深くする。
「はいはい。ごちそうーさん」
 茶化さないでくれと真っ赤になりながら流れ出る汗をタオルで拭うと、太志は「く、空調温度低いのかな?随分暑いね」などと照れ隠しに笑っている。
 それに更にニヤニヤしつつ、どうしたものかと考えた。確かに情報は持っているが、素直に全て話すわけには行かない。記事にさせるわけにも行かない。何せ相手はあの北村菫だ。そうなるとここは、無難な話でやり過ごすのが得策だろう。太志には悪いが、こればっかりは仕方がない。俺も、小野寺会長が生徒たちのことを第一に考えてとっている行動を、無下にするわけには行かないのだ。
「あー、そうだなぁ。話は、聞いているよ。うん。でも、生徒会の人たちも今必死で色々情報を集めている途中みたいだったなぁ。それに、俺みたいな半分部外者には何か分かっても教えてもらえないと思うぞ?」
 ズルズルと麺をすすりつつ、困ったふりをして苦笑を浮かべた。
「そっかぁ。そうだよなぁ。生徒会って結構生徒に直結する内容扱ってるから、そう簡単には話さないよね。特に、うちの生徒会はお堅そうだもんな」
 まぐまぐとカレーライスをたいらげつつ、太志がため息をつく。そんな太志に、心の中で再度謝っておいた。
「ああ。何せ、この学校じゃ誰も逆らえない存在だしな」
 俺もかけうどんをたいらげて、ごちそうさまと両手を合わせた。
「うんぐぅっ!」
 すると、急に目の前の太志が口にカレーライスをいっぱいにしたまま、何事かを言ってまたスプーンをピコピコさせている。
「お前、口の中のものを呑み込んでから言えよ」
 呆れ気味に言えば、太志は一生懸命口の中のカレーライスを味わい咀嚼してから再び口を開いた。というか、長いよ。次に口を開くまでが。
「それ、それについて、俺も気になっていたんだよ。何でこの学校、先生よりも校長先生よりも、PTAよりも何よりも、生徒会が権限を持ってるんだろう?」
 太志の言葉に、少し前までの俺ならば同意していただろう。しかし、生徒会の本来の意味を知った今、少しはその理由が分かる気がする。生徒会が偉いのではない。おそらく、この豊城の地において、十三支会という組織に関係するものが全ての権力に対して強いのだ。生徒会とはいわばこの学校内に置いて豊城の地の十三支会に相当する組織だ。あちら側からこちら側を護る存在。もしこれを否定してしまえば、こちら側で人の命が失われる事態になることは必死。先生も校長先生も、それを知っているから生徒会のすることに口を出せないのだろう。もし口を挟んで生徒が死ぬことになれば、懲戒免職も免れない。その後の人生もお先真っ暗だ。
 しかし、それを太志に話したところで、十三支会って何?それ美味しいの?状態だろう。何もかも説明する前に何より、食べ物でないことを説明しなければならない。……いや、これ結構本、“本気”と書いて“マジ”読みするぐらい現実の話よ?何を置いても、相撲と北村のこと以外は食欲から入るのが太志流なのである。
「そうだな。俺はそれも不思議に思ってるよ。確かにあの生徒会の雰囲気は只者じゃないって感じはするけど……じゃあ、だから何と言われると俺にも分からないや」
 本当は、只者どころではない人々の集まりだけどな。
「そっかぁ。うん、分かるよ。書記になった花鳥さんとか会長の小野寺先輩を見たことあるけど、確かに只者じゃない雰囲気だよな。なんかこう、一般人離れしているというか、なんというか。特に花鳥さんとか、一般人には近寄りがたい雰囲気だよね。人形みたいに綺麗な人だし、聞いた話じゃ、本当に良いところのお嬢さんなんだよな。確か」
 今度は豚骨ラーメンをすすりつつ、同意する太志。ラーメの汁がすする度にシャツへ飛んでいるが、気にする様子はない。
「そう。お袋さんが良いとこのお嬢さんで、親父さんは婿養子だってさ。つか、近くで見ると一層凄い美人だぞ。ファンクラブが入学後即行できた理由も分かるわ。あれは」
「へぇ。そうなんだ」
「けど、俺はちょっと逆に怖く感じるけどな。あそこまで精巧に整った顔立ちしてると、本当に人間なのか疑いたくなる」
「あ、それはちょっとわかるかも」
 もぐもぐしながら頷く太志に短く返しつつ、自分で自分の言葉にゾッとした。花鳥が人間ではない。あり得ない話でもないんじゃなかろうか。十三支の後継者のために創り出された人間。あるいは、それに近い何か。……ロボットだったりして。
「……いや、それはないな。うん」
「うーん?何か言った?」
 ぷはっと抱えてスープを飲み乾していた丼を食堂の長テーブルに置きつつ、太志が聞いてきた。それに俺は、慌てて首を横に振る。
「あ、いや。なんでも」
 そう答えてへらりと笑えば、太志が不思議そうに眼を瞬かせた。と、丁度よく昼休みが終わる予鈴が鳴る。ナイスタイミングだ。
「あ、そろそろ行かないと」
 言うと、俺は太志に質問の間を与えず席を立ち、食べ終わった食器を手に持った。
「ああ、そうだな」
 太志も遅れてはいけないと、食べ終わった食器を手に立ち上がった。『ごちそうさま』の言葉と共に返却口へ持って行くと、食堂のおばちゃんが笑顔で受け取ってくれた。
「さ、次の授業は何んだったかな?」
「確か古文。俺、あの授業だけはダメなんだよなぁ」
困り顔で腹を擦る太志に、何となく合点が行った。
「ああ、あれだろ?先生の声が子守唄」
「そう!そうなんだよなぁ。あの先生の声、なんか線が細くてふわふわしてるから、聞いてると眠くて眠くて……」
「ああ、分かる分かる。俺もだよ。つか、昼の後すぐ古文とかほんと天国だけど地獄だよな」
そんな会話を交わしつつ、俺と太志は食堂を後にしたのだった。

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