プロローグ

文字数 695文字

 子供の頃から、よく影を見た。
 影と言っても、陽の光が当たって出来るあの影じゃない。例えるならそれは、幽霊のように空中に浮いているのだ。ゆらゆらと漂う影には決まって、必ず猫の耳のような三角の尖りが頭の上に二つ乗っている。故に俺は子供の浅知恵で、それを『影猫(かげねこ)』と呼んでいた。
 影猫は何をするということもなく、ただ目の前に現れては空中を彷徨い、いつの間にか消えてしまう。だから俺も気にすることなく、「ああ、またいるな」ぐらいに思っていた。出現条件も場所もバラバラ。ただ、見る頻度は段々減って行き、中学に上がる頃にはもうほとんど見なくなっていた。だから俺は、成長するにつれてきっと見える力――俗に言う霊感というものが無くなったのだろうとずっと思っていた。
 それともう一つ。これはきっと偶然だと思っているんだけど、影猫が現れた時は必ず傍に猫がいた。黒猫が一匹の時もあれば白と黒二匹の時もあった。多いときは集団で集まって来る。それでも、黒か白のどちらかの猫は必ずその中に見つけることができた。でも、猫なんてどこにでもいる。毎回一緒に見かけたからと言って、何か関連性があるとも一概には言い切れなかった。何せ猫の姿は、影猫を見なくなっても変わらず良く見かけていたのだから。
 二つの事柄は全く別のこと。偶然が重なっただけのもの。そう、ずっと思って来た。
 でも、事実は小説よりも奇なりとはどこで聞いた言葉だったか。全くその通り、現実はそう自分に都合よく平和には終わってくれないようで。それを俺、伊吹青也(いぶきあおや)が理解したのは、父の仕事の都合で幼い頃過ごした豊城(とよしろ)市を再び訪れることになった、高校一年生の春のことだった。

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