エピローグ

文字数 2,201文字

「おはよう」
「おはようー」
「ねぇね、昨日のあの番組見たー?」
 朝の挨拶が行き交う下駄箱を通り過ぎ、俺は真っ直ぐ一階の廊下を歩いて生徒会室へと向かった。
 あの後、圭吾お兄ちゃんは十三支会の力により無事元の姿に戻ることができた。
ただ、ずっと猫の刻の中で自分を封印していたせいで、その外見は七年前と変わらない容姿をしていたのだった。無理をしたせいかその髪は白く染まり、元には戻らないと言われてしまった。そんな事情だから家族の元へ帰ることも叶わず、今は十三支会に世話になっているそうだ。
 廊下のほぼ中央にある、茶色い板張りのドアの前へと立った。この部屋へ花鳥に連れてこられ、恐る恐る入ったのが数日前。今は、このドアを開けることもそれ程緊張せずに出来るようになったな。
 苦笑を浮かべつつ、ドアをノックしようとしてそのドアが先に開いた。
「おう!やっと来たか、主役!」
 立っていたのは人懐っこい笑みを浮かべた柴田先輩だった。何故分かったかなどと、そんな質問はこの人には無用のものだ。おおかた、臭いと気配で察したのだろう。
「すみません。遅くなりました」
「ああ、気にすんなって。さ、入れよ。皆さん、首を長くしてお待ちかねだぜ」
 そう言うと、柴田先輩はドアを右手で押さえ、左手で部屋の中へ入るように促した。まるで女性をエスコートするみたいな仕草に少々引きつつ、それでも促されるまま室内へと足を踏み入れた。
 生徒会室の中には、今まで見たことのないほどの人数が思い思いの場所に陣取り俺の方を見ていた。中には見知った顔もあり、小野寺会長の座る机の前ではソファーに持たれて眠たそうな綿抜先輩が手を振っている。その左目にはもう、邪魔なお札は貼られていなかった。綿抜先輩のリラックス効果ばっちりのアルファ波全開の笑顔がしっかり見られるようになって、俺も嬉しい限りだ。花鳥は相変わらずの場所に無表情で立っていた。
 実はあの後、流石に顔にお札を貼って過ごすというのに強い違和感を感じて、俺はあることを小野寺会長に相談していた。それが。“封印の呪術を施した、コンタクトレンズの開発”である。提案した時は流石に驚かれたが、これが結構ノリノリで作成に了承してくれた。最終的にコンタクトレンズ自体を呪術で具現化させるという、俺では思いつかないし出来そうもない凄い提案までしてくれたのだった。
――そんなわけで俺は、十三支史上初となる強い力を押さえる呪術によって、具現化されたコンタクトレンズを手にいれることができた。そのコンタクトレンズが、綿抜先輩のアルファ波全開笑顔につながっているというわけである。……まあ、ちょっとそんなコンタクトレンズをホイホイ開発してしまう、小野寺会長の謎の人脈とか力とかが恐ろしくはなったけどな……。
 まあ、それはさておき。ざっと数えて十二人。俺を入れて十三人。ここに、豊城高校生徒会委員、十三支が俺のために一堂に会したのだった。
「おはよう、伊吹くん。待っていたよ」
「おはようございます。すみません、遅くなりました」
 机に座ったまま快活な笑みで挨拶する小野寺会長に、俺は頭を下げて遅くなったことを詫びた。それに会長は気にするなと言って片手を振る。
「今日はただの顔合わせだからな。そんなにかしこまることはない」
 そう言って、小野寺会長は感慨深げに生徒会室の中を見渡した。
「しかし、まさかあたしの任期の内に、こうして十三支が集合する日が来るとは夢にも思っていなかったよ」
「小野寺先輩。感慨に浸るのはそのくらいにして、彼を紹介して頂けませんか?待ちきれなくてうずうずしている面々もいるようですし」
 手に扇子を持ち、花鳥とは逆側の会長横に立っていた背の高い男子生徒が優雅な仕草と声で会長へ話しかける。それに苦笑を浮かべて謝ると、小野寺会長は入口より少し入った所で注目され続けていた俺に笑顔を向けた。
「それでは、紹介しよう。彼が永らく行方の知れなかった猫の能力者の後任者、伊吹青也くんだ。学年は一年生になる。伊吹くん、挨拶してくれるかな?」
「はい」
 頷いて、一歩前へと進み出た。
「伊吹青也です。まだ、色々と分からないことばかりでご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
 昨晩、悩み悩んでやっと決めた言葉を口にして頭を下げた。シンプルだが、俺の趣味趣向を交えて話すと返ってややこしくなる上に、何より後で思い出して死ぬほど恥ずかしくなりそうだったので止めた。
 顔を上げた俺に、小野寺会長と十三支の面々がそれぞれ俺へ表情を向ける。ある人は嬉しそうに、ある人は親しげに。中にはそれ程感心なさそうな人もいるが、とりあえず意味もなく嫌われている様子がないことにホッと胸を撫で下ろした。
「さて、ではこちらも一人ずつ自己紹介と行こうか。……ああ、その前に」
 そう言うと、小野寺会長は立ち上がって席を離れ、机の前へと歩み出た。そうして、俺を見つめ笑顔でこう言った。
「ようこそ、豊城高校生徒会へ。我々は君を十三支の一人、猫の能力者として。又、新たな生徒会委員の一役員として歓迎するよ」

――こうして俺の、猫の能力者としての生活が始まった。何が俺に出来るか分からないが…とりあえず、やってみようと思うんだ。……まあ、当分の悩み事は、生徒会の一員になったことで、益々それとは関係ない所で周囲が煩くなること……かな。

 END

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