夢十夜 伍

文字数 790文字

 放物線を描いて飛んでいく。鈍い音を立てて草むらに落ちる。
 誰も見向きもしない。そんなものに構ってなどいられないのだから。
 銃を構え、敵を捜す。敵を見つけたら殺さなければならない。できることなら命を奪うようなことはしたくない。私はまだ一人も殺していない。
 前方に目をやる。人がいる。敵――、ではない。彼は味方だ。味方を殺してはいけない。殺す必要はない。それは、とてもよいことのように思える。
 地に伏した体勢で銃を握り、微動だにしない彼の格好を、私も真似てみる。どうも様にならない。何が違うのだろう。じっと彼を見る。じっと彼の手を見る。じっと彼の手の中にある銃を見る。あの銃はもう人の命を奪ったのだろうか。きっといい仕事をしてきたことだろう。私のものとは比べ物にならない。なんだこんなもの。ずいぶんと軽い。玩具じゃないか。玩具。玩具か。ならば、人は殺せまい。
 殺せない銃の撃ち方など、私は知らない。
 派手な音が鳴る。
 暗がりの奥。微かに。敵の姿。視認。狙いを、定める。
 派手な音が鳴る。
 私ではない。私の銃ではない。彼が発砲したらしい。私も応戦する。音は鳴らない。玉が出ない。撃ち方が、分からない。引き金に、指をかける。敵が、一歩一歩、近づいて、くる。銃口が、私に、向けられて、いる。撃たれる。
 派手な音が鳴る。
 撃たれたのは前方にいた彼。首が放物線を描いて飛んでいく。ゆっくりと飛んでいく。血飛沫をあげながら。両目を見開きながら。唇を動かしながら。何か喋っているようだ。違う。歌っているのだ。彼だけではない。周りに転がる死体すべてが口を揃えて歌っている。楽しそうに。笑うように。
 殺されたことを理解していないのか。戦場の緊張感から解放されたことを喜んでいるのか。
 そうではない。
 たぶん彼らは私を嘲り笑っているのだ。
 人を殺すことのできない私を。
 私は耳を塞いだ。


【第六夜 抵抗】
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