夢十夜 漆

文字数 767文字

 羽が生えていたので、飛んでみることにした。
 金色の羽が夜闇に映える。キラキラと鱗粉がこぼれる。
 無格好だな、と思った。上手な飛び方ではない。私はまだ飛ぶことに慣れていないのだ。高く舞い上がることもできない。わずかな時間でもう疲れてしまった。桃色の甘美な花弁に止まり、羽を休める。
 花弁の端に小さな白い紙片が貼りついていた。
 名札だ。
 可憐な花にふさわしい可憐な名前がそこに示されていた。
 ほほえましかった。
 自分の身体を見回してみた。どこにも名札はなかった。
 うらやましかった。
 他の草花や虫たちを見てみた。皆、名札をつけていた。
 ねたましかった。
 手近な葉っぱを一枚むしりとり、名札の代わりにしようと思った。
 ここに自分の名前を記せばいい。
 しかし困った。何と書けばいいのだろう。
 とりあえず適当な言葉を書いてみたが、文字はすぐに消えてしまった。
 違ったらしい。
 次に自分の身体の特徴を書いてみたが、文字はすぐに消えてしまった。
 これも違うようだ。
 桃色の花についている名前と同じ名を書いてみた。書き終わる前に消えてしまった。周りの生き物たちから一文字ずつもらって書いてみた。書く前から消えていた。
 途方にくれて羽を震わせた。
 強い風が吹いて、名札代わりの葉っぱを飛ばした。あわてて追いかける。上手く飛べない。追いつかない。
 諦めた。名前など、なくてもいいと思った。
 思った刹那、金色の羽からキラキラと鱗粉がこぼれ出た。
 羽ばたいてもいないのに、次から次へと止め処なく溢れてくる。
 キラキラ、キラキラ、キラキラ、…………。
 このままでは、すべて落としてしまうのではないかと心配した。
 キラキラ、キラキラ、キラキラ、キラキラ。
 鱗粉はもうこぼれない。
 私は安心した。
 足が生えていたので、地面を這っていくことにした。


【第ニ夜 名前】
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