夢十夜 陸

文字数 548文字

 いつの間にか始まっていた。
 コンサートホールに美麗な音が響き渡る。私は飽きていた。長いばかりで面白くない。誰が弾いているのだろう。目を凝らして見れば、自分だった。なるほど、つまらないはずだ。私は自分の演奏を聞いていたのだ。さっさと終わりにしてしまおう。だが、どうすれば終わるのだろう。曲はまだまだ続くようだ。弾く手を止めてみようか。一人が動きを止めたところで誰も気にしないだろう。大袈裟に音を外してみようか。それはとても恥ずかしい気がする。演奏はまだ続く。高音域と低音域を行きつ戻りつ、似たようなフレーズを繰り返し繰り返し繰り返し、唐突に転調。そしてまた、繰り返し繰り返し繰り返し似たようなフレーズ。行きつ戻りつの低音域と高音域。演奏はまだ続く。長いばかりで面白くない。私は飽きていた。誰が聴いているのだろう。目を凝らして見れば、自分だった。なるほど、つまらないはずだ。私は自分に演奏を聴かせていたのだ。さっさと終わりにしてしまおう。だが、どうすれば終わるのだろう。曲はまだまだ続くようだ。耳を塞いでみようか。一人が拒んでみたところで誰も構わず続けるだろう。立ち上がり外へ出てみようか。それはとても潔い気がする。コンサートホールに拍手の音が響き渡る。
 いつの間にか終わっていた。


【第五夜 退屈】
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