夢十夜 参

文字数 572文字

 耳元を風がそよぐ。
 私を呼ぶ声がする。
 何だかとても温かい声。懐かしいような、くすぐったいような。
 高い声。低い声。太い声。細い声。
 しゃがれた声。早口な声。けたたましい声。声にならぬ声。
 たくさんの声が私を招いている。耳を澄ます。意識を向ける。
 急速に開けていく視界。眩しい。反射的に目をつぶる。柔らかな匂いが体を包んでいる。
 ゆっくりと、まぶたを、押し上げる。
 見知らぬ人々に囲まれて、見知らぬ世界に私がいる。
「ここは一体何処なのですか?」
 誰にともなく問いかけてみる。私の声は震えている。泣いているみたいに。彼らは答えてくれない。
「あなた方は誰なのですか?」
 再び問う。やはり返答はない。私の言葉が分からないのだろうか。本当に泣きたくなる。ずっと泣いていたのかもしれない。
 慰めのつもりだろうか。すぐ近くにいた一人が、私の頬を撫でてくれた。その隣りにいた人が、衣服と食べ物と住む場所を与えてくれた。次に現れた人は、私に生きていくための作法を教えてくれた。その次の人は、必要な知識の書かれた本を渡してくれた。皆、私によくしてくれた。この世界はたいへん居心地がよかった。自由に笑えた。自由に眠れた。自由に泣けた。自由に自由でいられた。
 だから。
「こっちにおいで」 
 だから、私を呼ぶ声がしても、私はこの場所を動かないでいた。


【第一夜 新生】
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