夢十夜 弐

文字数 668文字

 待ち合わせ場所に向かう途中、ポケットから取り出した一枚のメモを確認して、唖然。呆然。愕然。騒然。
 約束の日時として記されているのは、一九九六年八月十六日月曜日午後二時三十分。もう数十年も前だ。
 不安が全身を撫でる。
 今からでも間に合うだろうか。
 とにかく急がなければ。
 意志を固め、走り出す。急ぐことを決意した以上、同じ場所に立ち止まっているわけにはいかない。
 走れ。早く。速く。走れ。
 足がもつれ転ぶ。手が虚空を掻く。
 荷物を持っていないことに気づく。荷物を持っていなかったことに気づく。
 広い道に出る。
 人で溢れる表通り。思考は脇の抜け道へ。
 なのに、私の足は逆の方向へ進んでいく。
 人ごみが壁となり私を襲う。背中を押される。脛を蹴られる。痛い。邪魔だ。突き飛ばしたい。突き飛ばしたい。突き飛ばしたい。
 突き飛ばされた。
 勢いがついた身体は、前のめりになりながらも走り続ける。
 風のように、速く。風よりも、速く。走って、走って、走って、走って、早くしなければ、走って、走って、走って、走って、走って、ほら、走って、走って、走って、走って、もっと、走って、急いで、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って……。
 やっとの思いで辿り着いた、ひどく殺風景な待ち合わせ場所。
 何もない。
 誰もいない。
 見覚えもない。
 諦めて帰りかけた刹那、携帯電話の音が鳴る。
 声だけでいい。早く、聴きたかった。


【第九夜 約束】
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