十一 企み

文字数 1,838文字

 朝、目覚めた。
 壁の時計は八時をすぎている。
 客間の引き戸が開いて雅恵が現れた。
「起きた?どうする?ご飯にする?」
「うん、起きる・・・」
「ご飯、用意するわね」
 雅恵はそう言って客間から出ていった。
 引き戸が閉ると堀田は枕の上で頭を抱えるように腕組みした。

 雅恵が望んでいるのは、俺がここに住むことらしい・・・。
 雅恵の望む朝は、いつもこんなだろう。
 三年後には子どもがいてにぎやかで、同じような日々をくりかえして時が過ぎてゆく。
 そして歳をとり、確実に雅恵は俺より早く老けてゆく。
 そのとき、雅恵は、これで良かったと思うだろうか?
 俺が望む家庭は雅恵が望む家庭とはちがう・・・。


 朝飯を食べながら雅恵が言う。
「すぐに帰らないで、月曜までここにいてほしい」
 堀田も朝飯を食べながら答える。
「いてもいいけど、着換えがないよ・・・」
 雅恵が顔を上げた。
「だいじょうぶ。昨夜、着換えを渡したように、用意してあるわ・・・」
「どう言うこと?」
「もしものことを考えて用意しておいたの。サイズはMでしょう?」
 雅恵は堀田にほほえんでいる。

「サイズはMだ。どう言うこと?」
「ここに泊ったら困るの?」
「それはわからない。あなたは困らないのか?」
「そうね。今夜もあなたが泊まれば、まわりの人は、私が男を泊めたと思うわね」
「親戚の人が泊まったことにすればいい」
「私の親戚は知られてる」

「大学の知人だと言えばいい。ありのまを話せばいい」
「誤解されるわ」
「何を?」
「私が若い男を連れこんだと」
「そのとおりだろう?」
 堀田は雅恵を見つめた。
「連れこんだなんて表現が悪いわ。来てもらったのよ」
「何が望み?」
「私ひとりだと物騒だから泊ってほしいの」
「今回だけ?」
「これからも、たびたび・・・」
「俺がときどきここに泊まれば、俺があなたに会いに来てるか、あなたが俺を連れこんでることになる。何が望み?」
「下宿してほしいの」
 これからも俺がここに泊るなら、俺を下宿させる方が周囲の目をごまかせると雅恵は考えてる・・・堀田はそう感じた。

「ねえ、私のことキライ?ひとまわり歳の離れた私をどう思う?」
「キライじゃないよ」
「私、好きな人の子どもを産みたいの。でも、迷惑をかけたくないから独りで育てる。
 この人の子どもを産みたいと思う人が現れるのを待ってたの。
 私のことを変な女だと思ったら、やめていいよ。こんなことを話すのはあなただけよ」
 雅恵の言葉に嘘はなさそうだ。

「それなら、なぜ結婚相手を探さなかった?」
 昨夜ここに泊ったのは早まったことかも知れない・・・。堀田はそう思った。
 まだ雅恵をよく知らない。雅恵の知人の古畑和子さんの話では、雅恵はずいぶん良い人のように話していた。良い人の実態がこれなのだろうか・・・。

「働きはじめたら家と大学の行き来だけで、相手を見つける機会がなくなったのよ。
 学内の職員と学生に、望む相手はいなかった。
 あなたに、ひとめぼれね。下宿してほしいの・・・。
 でも無理強いはしないわ。どうかしら?」
「宿泊させて下宿への既成事実を作り、下宿させて父親への既成事実を作る・・・」
「そのとおりよ」
「そうなったら俺が話さなくても、あなたの目的は学内に拡がるよ」
「今までこの家に誰も泊めなかったし、私の思いを誰にも話さなかった。
 もう誰に知らせれてもいいいのよ」
「いいでしょう。今日から下宿しましょう。
 ただし約束してください。あなたは俺を誘惑しないこと。俺は恋人を連れてきます」
「あら、そんな人はいないでしょう?あなたのこと、調べたのよ」

「中野絹恵。彼女、俺と親しいんだ。まだ恋人じゃないけど、いずれ俺はあなたの義理の従弟になるはずだよ。
 昨夜、寝る前に、ここに泊ると絹恵に連絡しておいた。絹恵は今日ここに来ると言ってたよ」
 中野絹恵は雅恵の歳の離れた従妹だ。

「えっ?」
「『あなたは年の離れた弟みたいな感じ。そうしなくっちゃね』
 そう、あなたは話したよね。あのあと、
『姉さんを何とかしなければいけない。姉さんに合う人を会わせなければならない』
 そう絹恵と話しあったんだ。昨夜ここに泊るのも想定内だったよ」

 ドアチャイムが鳴った。玄関のドアが開いてダイニングキッチンに若い女が入ってきた。
「おはよう、お従姉(ねえ)さん。はい、父と母から預かり物だよ」
 手提げ紙袋を渡しながら、絹恵がダイニングテーブルの雅恵にほほえんだ。

 雅恵は手提げ紙袋を受けとった。中から取りだしたのは、見合い写真のファイルだった。

(了)
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