九 すき焼き

文字数 1,751文字

 十時近く。
 雅恵の家に着いた。門灯が点いて玄関と居間とおぼしき部屋に照明が点いている。雅恵は玄関を開錠して堀田を内に招いた。
「タイマーで照明が点くようにしてるの。どうぞ。私だけだから気楽にしてね」

 堀田は、雅恵の言葉に、一人住まいのわびしさを感じた。
「もう遅いから、すぐ仕度しよう。着換えてください。野菜を洗っておく。俺のやり方でよければ、それなりに準備する」
 堀田は、居間に案内しようとする雅恵を制した。

「それなら、お願いね。台所はこっちよ」
 ダイニングキッチンへ案内され、堀田はキッチンテーブルに食材を置いた。
「鍋はここ。皿はここ。卓上コンロはここ。調味料はここよ。
 ビールでも飲みながら、したくしてね。それではお願いします」
 雅恵はダイニングキッチンを出て行った。

 堀田は上着を脱いで前掛けをしてワイシャツの袖をまくった。野菜を洗い、缶ビールを飲みながら、野菜を食べやすい大きさに切って大皿に並べ、牛肉は別の皿にのせて玉子と小鉢を用意した。卓上コンロをダイニングテーブルに置き、すき焼き鍋をのせ、雅恵を待った。


「おまたせしてごめんね。誰もいないから、気楽にしてね。
 と言っても、まだ、食べる物はないわね」
 室内着に着替えた雅恵がダイニングテーブルに着いた。話しながら卓上コンロに火を点け、暖まったすき焼き鍋に牛肉を入れて炒め、割り下と砂糖を入れ、野菜と焼き豆腐や糸コンニャク、シイタケなどを入れている。

「この家で一人なんですか?」
 堀田は缶ビールを飲みながら、牛肉を炒める雅恵の手元を見た。テニスをしているのに細く綺麗な指だ。
「ええ、そうよ。下宿人を入れればいいって言われるわ。
 いつだったか、近所に泥棒が入ったのよ。一人住まいは物騒だから、タイマーと携帯のリモートで照明とテレビを点けてるの。玄関のインターホンは携帯に転送されるから、室内にいるように応対できる。
 さあ、もう食べれるわ。食べてね」

「はい・・・」
 堀田は缶ビールをテーブルに置いた。玉子を割って小鉢に入れ、箸で玉子をかきまぜた。
 雅恵のまなざしが堀田の手元に釘付けになって顔に笑みが浮んでいる。
 どうしたんだろうと思いながら、堀田は牛肉と春菊を箸でつまんで小鉢に入れた。
「いただきます・・・。どうしたの?食べないの?」
 堀田がそう言うあいだに、雅恵のまなざしは堀田の手からすき焼き鍋へ移っている。
「食べるわよ。一杯飲んでからね。遅くなったけど、今日はありがとう。楽しかったわよ」
 雅恵は乾杯と言って缶ビールを堀田の前に突きだしている。堀田はあわてて小鉢と箸を置いて缶ビールを持って雅恵の缶ビールへ突きだした。

「うまいね~」
 喉が渇いていると言って雅恵はビールをいっきに飲んだ。二本目のプルトップを開けると、これもいっきに半分ほど飲んで一息ついた。そして、おもむろに小鉢に玉子を割りいれてさっとかきまぜ、牛肉と野菜を小鉢に取って食べはじめた。
 俺より食欲があるみたいだ・・・。
 そう思っている堀田に、雅恵が、どうしたのと訊いた。
「ハンバーガーを食べたから、食欲がないのかなと思ったら、そうでもないんだね」
 堀田はビールを飲みながら、トウフや糸コンニャクを小鉢に取って食べた。

「さっきね、あなたの指を見てたの。意外と細い指だから、何かしてるのかと思って」
 雅恵はそう言いながら、すき焼きを食べている。
「喫茶店で話したように、親の趣味の手伝いで、造園作業をしたよ。その他にも肉体労働してた。だからほら、指は細くても、手の厚みがある。指より手の平の骨が太くなったんだね。そんなに指を使わなくて、それなりに作業はできるんだ・・・」
 堀田は雅恵にむかって合掌し、小指側の方から手の厚みを確認させた。
「右手の厚みが左手より厚いだろう。指だけ見ても、何をしてきたかは判断できないよ。ほら、腕もこんなだ・・・」
 堀田はチェックのワイシャツの袖を肘までまくった。太い腕が現れた。
 雅恵が雅恵の指を見つめる。
「そのことわかるわ。テニスしてても、私の指は太くならないから・・・」

「あなたは恋人はいないの?どうして俺に興味を持った?俺をどうしたいの?」
 堀田は単刀直入に尋ねた。
「う~ん。困ったね・・・」
 そう言って雅恵はビールを飲んでから話しはじめた。
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