第4話 サディスト柳田

文字数 1,929文字

気が進まなかったが、龍一はもう柳田に連絡してみるしかない、と腹を(くく)っていた。

柳田は、翔太の一番のスポンサーだった。俳優、ラジオDJ、作家となんでもこなす才能豊かな男で、知名度も高く、それだけに自信家だ。龍一は彼がDJを務めるラジオ番組を聴いたことがあるが、正直、自慢話ばかりだと思った。自分がいかに行動的で、世界中あちこちを旅してきたか。いかに社交的で、家族や友人、仕事仲間など沢山の人に恵まれてきたか。何もかもが順調で、人生を楽しく謳歌してきたか。そんな高慢な自慢話を、六十代とは思えない張りのある声と、流暢な喋りで語る。人生経験豊かで、それなりに面白いためファンも多いが、龍一は胸糞が悪くなり、いつも途中でラジオを切ってしまう。柳田の性格の悪さ、底意地の悪さを、よくわかっているからだった。

「龍くん、久しぶりだね。元気にしてた?」
柳田は仕事のため宿泊していた恵比寿の高級ホテルに、龍一を招き入れた。龍一と同じく横浜在住の男だが、いつも会う時は東京だ。相変わらず大柄な体型で、シルクで出来たブランドものと思われるガウンを着ている。それなりの場所で会うことがわかっていたため、龍一はグレーのスーツで身を包み、小綺麗にして行った。
「電話で話したけど、翔太がいきなり失踪した。もう四日も経つけど、いまだに連絡がとれない。何か知ってないかなと思って…」
「ちょっと待ちなさい」
両手をズボンのポケットに入れたまま立って話し出す龍一に、柳田が言葉を(さえぎ)った。
「ちゃんと両手を出して。まず携帯電話を見せなさい」
龍一は言われた通り、ポケットから手を出し、中に入れていたスマートフォンを人造大理石のテーブルの上に置く。柳田は、勝手に電源を切った。
「他に録音機器は持っていないね?」
龍一が頷くと、柳田は安心したかのように、座っていた白いソファーにゆっくりと身を沈めた。
「いまの時代、こうでもしないと安心して話も出来ないからね。私はきみと違って、守りたいものがたくさんあるものだから」
早速、遠回しに嫌味を言ってきた。
「翔太のこと、何か知ってんのか」
龍一は、つい不作法に苛ついた口調で聞いてしまう。柳田を見ているだけでも、苛々してしまうのだ。
「さあねえ。答えるとしたら、こちらが提示する条件次第かな? ちょうどここはホテルの一室だし」
そう言って、意味ありげに広いダブルベッドのほうに視線を向ける。龍一は、耐えかねて柳田の襟を掴むと、力まかせに立ち上がらせた。
「勿体ぶらずに、何か知っていることがあるなら早く教えろ。マスコミの餌食(えじき)になりたくないんだったらな。週刊誌に、いままでのネタをすべてぶちまけるぞ」

柳田は、少年の自慰行為を眺めるのが好き、という性的趣味を持っていた。少年同士がキスしたり、セックスしたりするのを眺めるのも好きだった。自分自身は眺めているだけで、性行為自体はしない。ただ眺めて、自身も自慰行為に耽るのだ。龍一も翔太に頼まれて、渋々自慰行為や翔太との性行為を柳田に見られたことがある。あくまで翔太のためだった。この拷問にはやがて終わりがくる、と自分に言い聞かせながら、ただひたすらに耐えた。

「離しなさい」
柳田は落ち着いた冷徹な口調で言って、静かに龍一の手を振りほどいた。
「きみは以前から、口のきき方を知らないようだね。いいかい。人にものを頼む時というのは、敬語を使うものなんだ。教えろ、と脅すような口調で頼むんじゃなくってね。もう一回言い直してごらん」
そう諭され、龍一は俯いた。「教えて…くだ…さい」小声で、呟くように言う。
「もう一回! もっと大きな声で!」
「教えてください!」
柳田は満足気に、口端を上げニヤリと笑った。
「馬鹿なきみでも、ちゃんとやれば出来るじゃないか。いいかい。私は自分のためじゃない、あくまできみの将来のためを思って言っているんだ。さっきみたいな態度じゃ、これから社会人として生きていけない。私の言っていることは、わかるね?」
龍一は下唇を噛み、右拳を握りしめた。そして、何も言い返せなかった。柳田は形が崩れたガウンを整え、ゆったりとソファーに座り直した。
「私は、警察や政治家、マスコミや暴力団なんかにも顔が広い。きみや翔くんを消すなど、たやすいことなんだよ。さっきみたいな暴言は、これからも考えないほうが身のためだな。きみの大切な翔くんのためにも」
「よくわかりました。翔太のことで何かわかり次第教えてください」
龍一はそれだけ言うとスマートフォンを手に取り、限界を迎える前に、さっと身を(ひるがえ)した。
「ああ。何かわかったら、連絡させてもらうよ。その時は交換条件で、またゆっくり楽しませてもらうがね」
柳田の高笑いを背後で聞きながら、龍一は急いで部屋を出た。

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