第48話 消えた感情

文字数 959文字

 年が明けて昭和二十年一月元日。
金田サン達は朝食後、緒方軍医長や私達医療関係者、ラエからの兵隊(患者)サン達を交えて一月三日までに、『マダン』の日本軍陣地に着く計画を立てました。
今迄はラエからの兵隊(患者)サン達は敗走した病院の彷徨兵(患者)でした。
しかし『今は、マダンで再起すると云うはっきりした目標』が出来たのです。
金田サンが昨年末、

 「正月中、連合軍は掃討を緩める」

と言っていました。
その隙を狙って山を下ると云う「戦法」です。
緒方軍医長達や私達は、戦(イクサ)の戦法までは分かりませんから、金田サンの意見に従いました。
準備は年末からこの洞窟の中で着々と進めておりました。
準備と言っても持ち物は皆さん丸腰ですから、飯盒と釣り竿くらいしか持って行く物は有りません。いわゆる、『心の準備』です。
『作戦会議?』が終わると、私達は早々に洞窟を後にしました。
体力も気力も満ち満ちておりました。

 獣道(ケモノミチ)下る途中、日本の兵隊サンの「朽(ク)ちた骸(ムクロ)」を数体見ました。
通り過ぎるたびに、私達は深く合掌しました。
骸(ムクロ)に合掌していると私はいつも妙な気持ちに成ってしまうのです。
それは『人間の形』です。
 看護学校では「人間の仕組み」を勉強しました。
でも、このニューギニアの戦場では「人間の形」ばかり見て来ました。
 生きて居ると云う事。考えて会話すると云う事。過去を思い出すと云う事。気が狂うと云う事。
数週間前にはこの朽ちた骸にも、「それ」が在ったのです。
しかし今はただの『骸』。「それ」は何処かに消えてしまったのです。
何処に行ってしまったのでしょう。
虚しさだけが骸(ムクロ)の周りを漂って居るのです。
骸は語るわけがありません。
でも、骸は私に語りかけて来る様な気がするのです。
「錯覚」でしょうか・・・。

その骸の中で、かろうじて肉体の一部が残って居る『名もなき兵隊』の遺体がありました。
骨と化した手指には、遺体の脂(アブラ)と泥が染み付いた『写真』が握られていました。
それは一瞥して「家族の写真」と分かりました。
しかし、もはや私には感情は無くなりました。
合掌を終え、早々に私達はマダンを目指しました。

 伊藤衛生兵の掲げる『赤十字の旗』を先頭に、黙々と先を急ぐのです。
                    つづく
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