第50話 胃の弱い部隊長代理

文字数 1,206文字

 私達がマダンの陣地に到着して一週間が過ぎました。
金田サンの推測は当たっていました。
連合軍の攻撃も無く、『壊れた兵隊』サンと『兵隊を放棄した人(金田サン達)』、『置き去りにされた兵隊サン(マダンの部隊)』が、儚(ハカナイ)い希望を夢見て日々を暮らしていました。
 幸いこの部隊の倉庫には、主力部隊?が散開(逃げる)する際に残していった、重火器や弾の無い機銃、新しい軍靴、軍装等が残されていました。
私達はボロボロの軍服を着替え、ピカピカの「補充兵」の様に、カタチだけは変わりました。
緒方軍医長達も、倉庫の棚から正露丸、アカチン、新しい包帯、ガーゼ等の在庫を見つけて、一安心してました。
マダンの若い徳丸部隊長代理は、胃が弱いらしく青白く、痩せて神経質そうな兵隊サンでした。
徳丸部隊長代理は毎朝一人で、歯を磨き、塩水でウガイをした後、軍隊体操をしています。
マダンの残留兵も「十人」ほど居(オ)りましたが、皆さん、あまり頼りに成る様な兵隊サンでは有りませんでした。
多分、前の部隊長サンは散開する時、「面倒くさい兵隊サン達」を此処に残して行ったのでしょう。
後日、残留兵の一人に詳しいお話を聞いてみると、

 「徳丸准尉はいつも上官に怒鳴られていた」

と言うのです。
徳丸准尉サンは学徒兵出身らしく、此処に残された時も、

 「オマエは役に立たない。此処で死ね!」

と部隊長サンに虐(イジ)めらていたそうです。
残留兵達は、気の弱い准尉サンが自殺でもするのではないかと心配してたそうです。
幸いこの時期に、「次はマダンだ」と云う情報が伝わって来て、部隊長サン達が一目散に散開(撤退)して行き、残された准尉サンは元気な顔色に変わったと言ってました。
残された兵隊サン達は、もし連合軍が攻めて来たら国旗掲揚柱に『白旗』を揚げるつもりで、日の丸の赤い所を白に塗り替え、準備していたそうです。
私は実に賢明な判断だと思いました。
そして、私達の御守りに成ってくれた『赤十字の旗』も是非、その下に揚(カカ)げて欲しいと頼むと、「是非に」と言って賛成してくれました。

 暫く話しをて居ると、崔軍医が来ました。
崔軍医は私と話していた残留兵を見て、

 「何処か具合の悪い所は無いですか」

と尋ねました。
するとその残留兵が、

 「実は、痔(ジ)に成ってしまいまして・・・」

と答えました。
こちらに来た時、重火器や米等の重量物を運んでいて、「痔」が出てしまったと言うのです。
私は、何と情け無い事を言う兵隊サンなのだろうと思いました。
此処の兵隊サン達は連合軍と戦った事も、病と闘った事も無い様です。
こういう兵隊サン達も、ニューギニアの戦場には居たのです。
私はまたふと、頭の中を過(ヨギ)りました。
此処の部隊はいったい何処に散開して行ったのでしょう。
多分あのジャングルの中で、今、生きる為の最も悲惨な闘いをしているのではないでしょうか。
                    つづく
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