第16話 鬼 畜

文字数 1,184文字

 鳴海「死ぬ時だけはせめて人間らしく死にたい」

そう言っていた兵隊サン・・・。
『鳴海 滋(ナルミシゲル)上等兵』は「腸チフス」でした。
食後、鳴海サンの所に例の「赤い水薬」を持って行くと、こんな話をしてくれました。
鳴海サンも小山サンと同じ『ポートモレスビー作戦』の参加兵でした。

 雪の積もるニューギニアの高い山を越え、ポートモレスビーまで進んで行ったそうです。
すると「突然、転進の命令」が下り、納得いかないまま後退していると、追って来た連合軍と出くわしてしまったそうです。
鳴海サンの部隊も激しい一戦を交えたそうです。
しかし岡田サンの部隊同様、兵隊の肉体的疲労と武器弾薬の差で、戦いは悲惨極まりない状態で終わったそうです。
鳴海サン達は散開して、ジャングルの中を逃げ回っていたそうです。
糧秣も尽き仲間ともはぐれ、此処(ココ)で「ジャングルの恐ろしさ」を初めて知ったそうです。
それは『野垂れ死ぬ』と云う恐怖です。
鳴海サンは精神力の大切さを話してくれました。

 「こんな所で野垂れ死んだら父や母に申し訳が立たない」

このジャングルの戦場で頼りに成るのは『精神力』以外には無いと言ってました。
鳴海サンの場合、精神力と云う支えの中に『父と母』が居たそうです。
 鳴海サンは、

『ジャングルの中で精神力が無くなってしまうと、いつの間に人間は「化け物」に変わってしまう』

と言って、こんな話しをしてくれました。

 それは鳴海サンが薄暗いジャングルの中を何日も彷徨(サマヨ)って居た時の事だそうです。
鳴海サンはとんでもないモノを見てしまったそうです。それは地を這い、匂いを嗅ぎ、餌(エサ)を求めて蠢(ウゴメ)く、『ヒトの顔をした化け物』だそうです。

 その日、その化け物は「三匹」居たそうです。
一匹は腐った樹の株に座り、もう二匹は日本兵の死体の周りに座っていたそうです。
最初、戦友が死んだので葬送でもしているのかと思ったそうです。
鳴海サンはようやく連れが出来たかと思い、

 「おい!」

と声を掛けると、その化け物達は驚いて、ジャングルの中に逃げて行ったそうです。
三匹が居た場所に行き、そこに横たわる日本兵の死体を見て鳴海サンは腰を抜かしたそうです。
その死体は『腹が切り裂かれ、周りには内臓が散らばっていた』そうです。
三匹が逃げて行った理由(ワケ)が、その時、初めて分かったと言ってました。
その後、逃げた三匹は暫く鳴海サンの後を付けて来たそうです。
まるでジブンが「野垂れ死ぬ」のを待つかの様に。
鳴海サンの話しでは、死んで間もない『ヒトの肉』はとても旨いそうです。
それを聞いて、私は思わず鳴海サンの顔を凝視してしまいました。
すると鳴海サンは、

 「ジブンは『ヒトの肉』だけは食った事はない」

と言ってました。

 鳴海 滋 陸軍上等兵
 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
                    つづく
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