第53話 ニューギニアの人

文字数 1,908文字

 ある朝の事でした。
背中に赤ん坊を背負い、胸にも一人、赤ん坊を提(サゲ)げた、『黒牛の様な婦人』が、本部の玄関の前に立って居ました。
婦人は頭上に籠を載せていました。
私が婦人の応対をしました。
私は土民の言葉は分からないので身振り手振りで、

 「どうしましたか?」

と聞きました。
すると婦人はニッコリと笑い、

 「手伝いに来た」

と言うのです。
私はマジマジとこの「ご婦人」を見て、とりあえず事務所の徳丸部隊長代理の所まで連れて行きました。
徳丸部隊長代理も呆気にとられて、

 「アナタは、それで(子供を連れて)賄い仕事が出来るのですか?」

と、英語と片言の土民の言葉で聞いていました。
すると、ご婦人は、

 「いつものメードが母親の急病で休むので、ワタシが代わりに来た。仕事は何でも出来る」

と、ニッコリ笑いながら身振り手振りで話すのです。
そして、頭の上の籠(カゴ)を床に下ろし、中から魚や肉、イモ、野菜、果実、タワシ、石鹸?を机の上に並べ始めたのです。
私はそれを見て、ニューギニアのご婦人はまるで『トラック』の様だと思いました。 
そこに朝の打ち合わせの為、緒方軍医長と金田サンが事務所に入って来ました。
二人は大きな体のご婦人と、机の上に並べられた産物を見て、「商売」でもしに来たのかと思った様です。
すると、徳丸部隊長代理が事情を説明しました。
緒方軍医長はそれを聞いて急いで部屋に戻り、崔軍医と『赤十字の旗』を持った河村看護兵を連れて事務所に戻って来ました。
緒方軍医長は広げられた産物の前に立つ、大きな土民の婦人を見て、そのメードの家まで案内するようにと身振り手振りで話しました。
婦人は理解できたのか、背中に赤ん坊、前にもう一人の赤ん坊をぶら提げ、直ぐに表に出て行きました。
緒方軍医長は私を見て突然、

 「君も救急用具を持ってついて来なさい」

と言われました。
私は急いで救急用具を両肩に掛け、後を野嶋婦長サンに頼み緒方軍医長の後に続きました。

 婦人を先頭に赤十字の旗を掲げた河村看護兵、緒方軍医長、それと私は海岸の椰子林に沿って「休みを取った」と言うメードの部落まで急ぎました。
婦人の足は早く,私達は付いて行くのがやっとでした。
一時間ほど歩くと川が見えて来ました。
私達は川の上流に向かいます。
険(ケワ)しい崖(ガケ)の上に高床の集落が見えて来ました。
崖(ガケ)の険しい細い道を歩いていると、どこからか奇妙な太鼓の音が聞こえて来ました。
私は誰かに見張られて居る様な不気味な感じがしました。
私は婦人がよくこんな遠い所から、赤ん坊とあれだけの荷物を頭に載せて歩い来たなと感心しました。
部落の入り口には奇妙な形の、長く大きな「コケシ」が一対、立っていました。
入り口を入ると、体中にペンキ? を塗りたくった恐ろしい顔の男達に取り囲まれました。
婦人が男達に何かを伝えると、男達は奇妙な踊りを私達に披露しました。
暫く踊っていると『酋長』の様な派手な長老が出て来て、踊りを静止させ、休みを取った『メードの家』に私達を案内してくれました。
メードの家に入ると、筵(ムシロ)を厚くした布団?の上に「老女」が寝かされ、その側(ソバ)にあの『休みを取った若いメード』が座っていました。
寝ている老女は「母親」なのでしょう。
母親の枕元には、やはり派手な衣装に面を被った『祈祷師』の様な男が奇妙な踊りを踊っています。
立ったり座ったり、棒を振り回したり、急に大声で叫んだり、挙げ句の果てには最後に倒れてしまって、そのまま動かなく成ってしまいました。
軍医長も崔軍医、河村看護兵も呆気に取られて、入り口に立ち尽くして『それ』を観ていました。
暫くして、祈祷師は仲間達に運ばれて家を出て行きました。
案内してくれた婦人は、自分達には分からない言葉で、

 『これで、病の悪霊は払った』

と私達に言いました。
その後、軍医長は寝て居る老女の側(ソバ)に座り、オーストラリア軍の将校が持参した医療用具の中から体温計を取り出し脇の下に差し込んで熱を計りました。
大分、熱が高いので軍医長は『風土病』だと言い『キニーネ』を注射しました。

 翌日の朝、頭に籠を載せた「若いメード」が元気に事務所に出勤して来ました。
メードは事務室入るやいなや頭の上の籠を下ろし、中から沢山の土産(ミヤゲ)出して机の上に並べたのです。
緒方軍医長が、

 「具合は良く成ったか?」

と聞くと、緒方軍医長の目の前で奇声を発して『奇妙な踊り』を披露したのです。
するとその奇声を聞いた他のメード達も一緒にバタバタと踊り始めました。
それを見て私はニューギニアの人達はなんと陽気なんだろうと思いました。
                    つづく
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