第36話 担架の話し

文字数 1,176文字

 暫くして、緒方軍医長が病院内から出て来ました。
伊藤(衛生兵)さんと松本(衛生兵)さんに何かを指示しています。
倉庫に走って行く二人。
暫く見ていると、倉庫の中に保管してある『担架』を出し始めました。
私は驚きました。
そして緒方軍医長が整列している兵隊(患者)サン達の前に立ち、

 「残った患者達を担架の載せて運び出して欲しい」

と言ったのです。
兵隊(患者)サン達はその言葉を聞いて、暫く茫然(ボウゼン)としていました。
そして軍医長は、

 「何をぐずぐずしている。戦友だぞ。早く運び出しなさい!」

と怒鳴りました。
兵隊(患者)サン達も『戦友』と聞いたら運び出さずにはいられません。
私は緒方軍医長の「その一言」に感動して、涙が溢れ出て来ました。
私達は急いで入口に積まれた担架を抱え、病院の中に入って行きました。

 手、足の無い兵隊、眼の見えない兵隊、耳の聞こえない兵隊、言葉の失った兵隊、かろうじて息をしている兵隊、ただ笑って居るだけの兵隊、熱で震えている兵隊・・・。
全ての『壊れた兵隊』サン達を、兵隊(患者)サンが運ぶのです。

 病院の中に入ると、莚(ムシロ)のベッドに横たわる『壊れた兵隊』サン達は、痩せこけた兵隊(患者)サン達の抱える担架を見て大粒の涙を流しながらこう言いました。

 「おい、オレを運ぶ事が出来るのか?」
 「オレを何処へ運ぶつもりだ」
 「船は着いて居るのか?」
 「オレは、此処に残る」
 「構うな。オレなどに構わず、オレ達の戦(イクサ)を故国(クニ)に伝えてくれ」
 「もういい、もうタクサンだ。オレはもう死んで居るんだ」
 「キサマ等はバカか! キサマ等にオレを運べるはずが無いじゃないか」
 「手榴弾を置いて行け!」
 「ジブンは足でまといに成るだけだ。此処で死ぬ。この紙に書いてある所に、この手紙を届けてくれ」
 「ありがとう。でも、ジブンは故国(クニ)に戻っても、この身体じゃ何も出来ない。先に行ってくれ」
 「触るな! オレにサワルナ。放っといてくれッ!」
 「無理だよ。ムリじゃないか。オマエ等、何処(ドコ)へ行くつもりだ?」
 「オレはもう生きたくないんだ。そっとして置いてくれ」
 「終わった人間をキサマ等、何処(ドコ)へ運ぶ!」
 「オレの短銃を取ってくれ。今、此処(ココ)で終わりにする」
 「もう、動きたくない。オレは眼が見えないのだ」
 「ジブンは、此処(ココ)で待ちます! 先に行って下さい」
 「軍医を呼べーッ! 聞きたい事が有る! キサマ等の担架の世話にはならない!」
 「オマエ等はバカか。此処(ココ)から出ても死ぬ事には変わりがないじゃないか」

担架を抱えた兵隊(患者)サン達は、動けぬ兵隊(患者)サンの傍に担架を置いて、また病院の外に出て行きました。

 『どうして良いのか分からなく成ってしまったのです』
                    つづく
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