第35話 武器を取らない兵隊(患者)

文字数 1,167文字

深夜、病院の扉(トビラ)を激しく叩く音がしました。
当番の原(看護兵)さんが扉を開けて、誰かと話をしています。
院内の兵隊(患者)サン達は耳を澄まして聞いています。

 「至急、傷病兵を移動して下さい。敵が近くまで来ています!」

ラエ高地の守備隊から下がって来た兵隊サンの様でした。

 夜が明けて、急に病院の中が騒がしく成りました。
三五八名もの莚(ムシロ)のベッドに横たわる兵隊(患者)サン達。
緒方軍医長達の指示する声が聞こえて来ます。
その声はとても落ち着いた声でした。

 松本、伊藤の衛生兵達が長机を数脚、病院内の入り口に並べ始めました。
私は、

 「いよいよ、来る時が来た」

と覚悟を決めました。
すると二人の衛生兵達は机の上に、松葉杖、鉄帽、三八銃、短銃、背嚢などの保管庫に有った全ての物を並べ始めたのです。
兵隊(患者)サン達はジッと成り行きを見ています。
暫くして緒方軍医長が病院内の正面に立って、こう言いました。

 「一人で立って歩ける者は起立してくれ!」

寝巻きを着て痩せてふらついた兵隊(患者)サンが「相当数」、莚(ムシロ)のベッドから立ち上がりました。

 「オマエ達は、直ぐに着替え、机の上に有る自分の所持して来た物を取って外に並べ!」

兵隊(患者)サン達は順番に、粛々と長机の上に置かれた物を取って外に出て行きました。
私と野嶋婦長サンは急いで『兵隊の軍服に着替え』、救急袋を両肩に掛け、外に出ました。
救急袋の片方の中には、緒方軍医長から預かった大切な「先に逝った兵隊サン」達の『存在した証(アカシ)』が入っています。
兵隊(患者)サン達が整列しています・・・。
緒方軍医長が、机の上の残された三八銃と短銃を暫く見ていました。
そして外に出て来て、

 「オマエ達の中で武器を忘れている者がいる筈だ。もう一度、此処(ココ)に来た時の所持品を思い出してみなさい!」

と言いました。
しかし・・・、誰も『武器』を取りに机に戻る者はいません。
緒方軍医長は再度、繰り返しました。

 「此処に来た時の所持品だぞ?」

兵隊(患者)サン達は誰もそこを動きません。
すると、一人の兵隊(患者)サンが、

 「軍医長殿、ジブンにはそんな『重いモノ』は持てません」

緒方軍医長は整列した兵隊(患者)サンを一瞥し、苦笑しながら病院の中に戻って行きました。
病院の中には相当数の動けない兵隊(患者)サンが残されているはずです。
私は心配になり河村(看護兵)さんに尋ねました。

 「手榴弾を置きに行ったですか?」

河村さんは私を見て、

 「何故(ナゼ)、手榴弾を置いて行かなければならないのだ」

と逆に質問をされました。
私は、

 「あの兵隊(患者)サン達はどうするのですか?」

と再度、尋ねました。
河村さんは、

 「ワタシには分らない。緒方軍医長が決める事だ」

と言いました。
                    つづく
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