第61話 地獄の洞窟

文字数 1,305文字

 暫くして軍用トラックが数台、玄関の前に停車しました。

伊藤サン達と緒方軍医長以下ラエの野戦病院医療班は先頭のトラックに乗り込み、先導する事になりました。
私はトラックのバンパーポールに『赤十字の旗』を括り付け、急いで乗り込みました。
二台目に金田サン、徳丸サンん達が乗り込みました、
三台目にはオーストラリア軍の将校と兵隊サン達が乗り、海岸線をハンサ方面に向かいます。
途中、白旗を掲げた敗残兵の集団とすれ違いました。
彼等は見るも無惨な姿で、マダンに向かって歩いて行きます。
連合軍の車輌を見ても何も反応を示しません。

 三台の軍用トラックはアイタペの敗残兵達が籠(コモ)る洞窟の近くに到着しました。
そこからは全員がトラックを降り、川沿いを徒歩で向かいます。
暫く進むと、またあのガジュマルの樹の上から、

 「止まれ!」

の声が掛かりました。
緒方医長が『赤十字の旗』を掲げて、

 「伊藤サンから知らせを聞いて迎えに来ました」

と大声で伝えました。
すると樹から降りた敗残兵は急いで洞窟の方に走って行きます。
暫くすると洞窟の部隊長代理(あの痩せた菅原中尉)が、三人の兵隊を伴い私達の前に現れました。
菅原中尉はオーストラリア軍の将校を見ると不動の挙手の敬礼をし、手に持った『軍刀』を両手で差し出しました。
オーストラリア軍の将校も菅原中尉を見て敬礼をすると、軍刀を『丁寧に片手』で受け取りました。
将校は、

 「センソウハオワリマシタ。オタガイニ、ニドトアジワエナイケイケンヲシマシタ。イマノワタシハ、アナタタチヲタスケルセキニンヲ、オッテイマス。サア、ワタシタチヲ、ソコニ、アンナイシテクダサイ」

と言いました。
私はオーストラリアの将校の言葉を聞いて、涙が止まりませんでした。
確かに、『二度と味わえない貴重な経験だった』のですから。

菅原サンは暫くの間、将校をジッと見詰めていました。

そして肩を落とし、深々と頭を下げ私達を洞窟に案内しました。
洞窟の前には、沢山の痩せた敗残兵が整列して居(オ)りました。
残兵は全員が俯いています。
菅原サンは、その中の一人に何か話しをています。
すると、残兵全員がオーストラリア軍の将校の前に集まりました。
将校は五人のオーストラリア兵を呼んでトラックに乗せる様に指示しました。
多数の残兵はトラックに向って歩き出します。

 菅原サンは三つ目の洞窟に緒方軍医長以下の医療班と将校、金田サン、徳丸サン達を案内しました。

三つ目の洞窟は伊藤サンが『地獄の洞窟』と称した、傷病兵が集められて居る洞窟です。

 洞窟に着きました。
菅原サンがニッパ椰子の葉で編んだ扉を開けました。
ハエが数十匹、外に飛び去り、暗い洞窟に『光』が差し込みました。
最初に緒方軍医長が洞窟を覗きました。
すると緒方軍医長は俯いて『深く合掌』しました。
暫く動かない緒方軍医長・・・。
私達医療班も洞窟の中を覗きました。
私は直ぐ目を瞑(ツム)りました。
金田サン、徳丸サン達も覗きました。
オーストラリア軍の将校も覗きました。
将校は覗くやいなや、

 「Oh Jesus Christ !」

と叫びました。
誰も中には入れなかったのです。
                    つづく
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