第2/3話 僕たちの笑い、涙の怒り

文字数 2,634文字

意識が戻ってきた。
僕は何時間寝ていたのだろう。

僕は吊るされたままだった。

体中が痛む。
神経がむき出しになっていた。
僕の身体には切り傷が散りばめられ、皮膚の中身が外気に曝されている。

この部屋には誰もいない。凜はいなくなっていた。

代わりにプロジェクターが目の前に置いてあった。
砂嵐が映っている。
その映像が、ぷつんと切れた。
そして映った。

そこに、父が映った。

「おはよう、湊」
父は独り言のように、誰にも話しかけていないように言った。

「早速、仕事だ。君の最後の。」
僕の関心は父になかった。

凜はどこだろう。
せっかく死ぬ前だ、彼女だけは何とか助けてあげよう。
…無理だろうか。

「今から君の手錠が外される。」
父がつぶやいた後、僕の手首の縛りが解かれ、僕は解放された。

「目の前のドアを開け、まっすぐ進むと、そこにターゲットがいる。」
父は殺せとは命令しない。

言わなくてもわかれという事か、面倒なのか。
道具のように扱われていることを自覚しながらも、僕に怒りはない
僕は立ち上がり、ドアを眺めた。開けようか…。
なぜだろう、何をいまさらとどまるのだろう、僕は。
この人生が一生続くのだ、もういいだろう。

僕は自分に言い聞かせている。
僕は自分に言い聞かせている。
僕は自分に言い聞かせている。
僕は自分に言い聞かせていると思考している。
僕は自分に言い聞かせていると思考している。
僕は自分に言い聞かせていると思考している。

やめろ、それ以上考えるな。

僕は扉から視線を外し、仮面を探した。
この部屋に、どこかにないものか。
しかしこの部屋には手錠と椅子とドアしかない。
つまり僕は進むしかない。

そうだ、この苦しみを終わらせるんだ。

「そうだ、忘れていた。このメイドはまだ完全に洗脳しきれていない。」
プロジェクターが切り替わり、吊るされた凜の姿が現れた。彼女は仮面をつけている。

「お前がターゲットを殺した褒美に、あの女だけは直してやろう。しかし、時間の問題だ。お前が急がなければ、この女は消滅する。肉のついた土人になる。」

そしてプロジェクターの画面は、砂嵐に戻った。

…凜はまだ助かるかもしれない。
まだ…

急がないと。

僕は扉に足を運び、ドアノブに手をかけ、下に押し込みながら、手前に引いた。




目の前には一本の道があった。
レンガ造りの廊下が、壁に並んだろうそくの火に照らされている。

僕は壁を頼りに進んでいった。

足の感覚がなかった。
僕の体が抵抗しているようだった。

思えば僕はあの日から、進み始めている。
進んでいるのか、進まされているのか。

嫌になる。

僕にはこんな癖があったのか。面倒だ。
仮面が欲しい。
戦いが欲しい。
苦しい。
…早く進んでしまおう。

しかし僕の体は、速く進もうとも、遅く進もうともしない。

一歩一歩進んで行き、扉の前についた。この中に、杏がいる。

僕は会いたくない。

顔を合わせてしまうと…どうなるのだろうか。

だから考えるな、そんな考えは僕を…。

本当にそうだろうか、凜はどうなる。

僕は頭を壁に打ち付けた。自分の意志でやったのかはわからない。
しかし、心地よい痛みが、僕を酔わせる。
そうして僕は落ち着きを取り戻した。

ドアに手をかけ、押した。
部屋に入ると正面に、杏が吊るされていた。
僕や凜と同じように、手錠をかけられ、両手を縛り上げられている。

杏は部屋に入った僕に気づいた。目を薄く開け、僕にほほ笑んだ。

「やっと、来てくれたのね…。」


杏の体を見ると、出会った時のように服が破れていた。
しかし傷はついていなかった。魔法の効果だった。

「湊…早く助けに行きましょう。あなたの大切な人が、待っているわ。」

凜の事だ。

杏の言葉に、僕は何も言えなかった。

彼女は僕が助けに来たと思っているのだろうか。
僕の目的は君を殺すことだ。
そういえば、どうやって殺すのだろう?
杏はあの魔法で、死ぬことはない。
正確には、死んでも甦る。

「湊?」

沈黙の中、僕の問いに答えるように、仮面と刀が天井から降ってきた。

杏はその道具を、あきれたように眺めていた。

「それを使え。」
その一言が部屋の全体に響いた。父の声だった。

僕は身震いした。
この状況が、僕は恐ろしかった。

僕はなぜか、ばれた!と思った。
僕は彼女に気づかれたくなかったようだ。
僕は自分の思考を軽蔑する。

「ははっ」
笑いが込み上げてきた。

僕はいったい何なんだ!
殺しに来ておいてバレたくなかった、さっきは早く終わらせてしまおうと決心していたのに、今、躊躇してしまった。
臆病者め。凜を助けたいと思っていたのに、何より廊下だ。なぜ体が動かなかったか、そんなことわかっている。
僕が弱いからだ。
僕はここに来たくなかった。なのに、勝手な理由をつけて、足を進ませた。情けない。いや本当に進ませられたのかもしれない。

誰に?僕に?父に?しらない、もう知りたくもない。

ポタッ

手元に、水滴が落ちてきたのがわかった。
今度は涙が込み上げてきた。
僕は泣いている。
もう訳が分からない。僕は泣いている。
何が悲しいのかわからない。わからないことしかない。再び戻ってしまう。
思考は今、この懊悩を終わらせることだけを考えている。
本当にそうなのか。
まだ希望をあさっているのではないか。杏を殺したくない。凜も助けたい。
いや、もうやめてくれ僕。やめてあげてくれ。もういいんだ。これは優しさだ。
うやめよう。

笑ったり、泣いたりした僕の行動に、杏は何も言わなかった。
彼女はただ僕を見ていた。

僕に怒りが湧いてきた。
こめかみが熱い。
なぜ、君は、僕を、軽蔑しないんだ。


杏は僕を見ている。



そんな目で
「僕を見るな!!!」

僕は仮面を床から奪い、刀を引き抜いた。
刀が僕を襲ってくる。
僕はこの不快感に懐かしさを感じるとともに、感謝の気持ちが芽生えた。
僕は今、笑っているかもしれない。

僕は刀を構え、振り下ろした。
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