第1/5話 僕たちの始まりの暗殺

文字数 2,435文字

〈始まり〉

開いた扉の前で、僕は立ち止まっていた。ここを越えてはならない。

踏み出すことは可能だけど、僕にはできない。前に進んではいけない。

壁はなく、足はあるけれど、僕には進めない。もし進めると知っていても、その方がいいとわかっていても、僕には難しかった。僕はこの先へ進んではいけない。

しかし僕は今から、この城のどこかにいる、父のもとへ行かなければならない。
だけど、何分間か、何回も立ち止まっている。

僕は目の前の暗闇を見つめていた。すると、後ろから足音が聞こえきた。僕は反射的に、音を立てずに、扉を閉めてベッドの中へと引き返す。

…これは凜の足音か。…しかしいつもよりテンポが遅い。この前の話の続きだろうか。

僕は支度をしているフリをするため、ベッドを出た。
準備はすでに済ませていたので、持ち物を戻していかなければならなかった。
僕は仮面を壁にひっかけ、本を机に置く。
そして椅子にもたれた。

その一瞬のあと、足音がドアの手前で止まり、コンコンッと二回、ノックされた。

「坊ちゃま、呼びに参りました。」

彼女はいつもの声でそう言った。

「どうぞ」

僕もいつものように答えた。

凜が失礼しますと一言おき、ドアが開けられる。僕はドアの方を振り向いた。

入ってきたのはメイドの服を着た美しい少女と、僕と同じコートを着た人型の土だった。

目の前に現れたメイドは、涼しげな顔立ちをしていて、やや小柄だが、頼もしい雰囲気をしていた。彼女と出会ってから数年間、僕は助けてもらっている。

凜は土人を待機させ、僕の右側に移動した。

「坊ちゃま、お誕生日おめでとうございます。BOSSの準備が整いましたので、この土人がお連れします。」

彼女はお辞儀をしながらそう言った。
彼女の動きに見惚れつつも、僕は体を緊張させていた。

「ありがとう。すぐに準備ができるよ。」

僕は凜に頭を下げながら立ち上がり、準備をするために仮面をとり、そして本を

「坊ちゃま」

きた。僕は彼女を横目で見る。

「この前の任務の後、体の具合はいかかですか?」

凜はその涼しげな顔立ちで、僕に暖かい笑みを向けていた。しかし彼女の声は、喉に詰まったように聞こえる。

「いや、大丈夫だよ。」

僕も微笑み返す。

視線を彼女から正面に戻すと土人が目の前に立っていた。

彼は、ホホエミの仮面をつけられている。
土人は土でできた操り人形だ。人型に土を整え、魔法で命を吹き込み、仮面を与えて完成する。父によって彼らは作られている。

「坊ちゃま、私は味方です。あなたにどんなことがあっても、私はあなたに尽くします。」

「ありがとう。」

僕は顔を見られないよう、下を向いた。照れてしまったが、凜の目的が僕を説得することだと思うと、身を潜めてしまう。

「その、坊ちゃま。この前は申し訳ありませんでした。でも、どうか、もういちど話を聞いていただけませんでしょうか?」

この角度では見えないが、凜はほほえみを続けたまま、僕にそう言っているのだろう。

この前、彼女から持ち掛けられた相談。

「ごめん、僕にはできない。」
組織のBOSSである父を暗殺するという事。

「一緒に逃げることもでしょうか?」
それがだめなら、二人で組織を抜け出すという事。

「僕のことを心配してくれているのかもしれないけど、大丈夫なんだ。ありがとう。」

「でもこの前の任務のとき、苦しまれていました。暗殺をするたび、仮面の抑圧も効かなくなってきています。何より、その本が…」

「この本は関係ない。」

僕は威圧的な声を出してしまった。
正直、僕はこの本の物語に、好意のようなものを寄せていた。

この物語は僕のことが書かれているようだった、いや僕とは異なったことが描かれているがゆえに、心地良かった。しかしその事実は、僕の認めたくないことでもあった。
最近、凜にこの本を読まれてしまった。この本には父親に復讐する主人公と、それを支える女性が描かれている。

僕がこの本に集中していたことは、彼女には前から知られていたし、面白いとも答えていた。
しかし、凜に僕の心の中を知ったような口で言われるのも嫌だったし、案外はずれていないことが不快だった。

僕にはできないのに。

僕の動揺は明らかで、彼女の真実が事実へと深まっただろう。

「失礼しました…。」

凜は頬と声を震わせ、うつむいてしまった。

彼女にそんな態度をとらせてしまったことに、臆病な僕は、苦しくなった。

「いや…ごめん…。でもほら…現状に不満がないわけではないよ。でもだからと言って、父から…逃げ切れるわけなんかないじゃないか…。君も知ってるだろう…?」

僕の過去を知っている凜は、うつむいたままだった。


沈黙。


ジリリッ
沈黙を破るように、ベルが鳴った。

時間が来た。父のもとへ行かなくてはならない。

「ありがとう、本当に大丈夫だから、気にしないで」

僕は凜の方を振りむき、口角をあげてみせる。

僕は本をコートにしまい、土人に近寄った。

目の前の人形は体温を感じさせず、置物が動いているだけのようだった。

土人は利用されるために作られ、父から与えられた使命を行い、繰り返していく。時には作り替えられたり、新しい役割を任されたりする。しかし使い物にならないと判断されたら、捨てられる。

しかし彼らは動かなきゃいけない。

それは、生きているといえるのだろうか。動いていれば、命なのだろうか…。
いや………この先は考えられない。疲れた気がする。行かなきゃ。

「じゃあ、また」

僕は土人に、暗闇の中へ連れられていく。
土人はホホエミの仮面をつけられている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み