第1/3話 僕たちの人生の父

文字数 1,744文字

〈僕と父〉

長いトンネルを上がるほど、光が濃くなっっていった。
頂上は近い。
トンネル抜けると光が全身を包み込んだ。

目の前に扉があった。

そこは僕の部屋だった。

僕の心は落ち着いている。
しかし緊張もある。
僕は扉の前まで歩いていき、立ち止まる。
ドアノブに手を掛ける。
ドアノブを下に押しこみ、ゆっくりと引いていく。
ドアが開き始める。

僕は開かれる隙間に目を向ける。



部屋の中に、父がいた。
父は僕の椅子に背をもたれ、ケーキを食べながら、本を読んでいた。

僕は部屋の前で、彼の背中を眺め続けている。




沈黙が続いた。




父は最後のページを読み終わると、本を置いた。

「二日ぶりだな、湊。」

僕はその言葉を聞いて怒りが沸いた。
しかし、今はそれも怒りとはいいがたい。

「…えぇ。」

僕は三か月ぶりだったが、この世界では二日しか時間がたっていない。
自然界の老婆のおかげだった。

「見違えたな。あちらの世界で何か収穫したようだな。」

「えぇ。」
僕は返答しながら、部屋の中へと入っていった。

「さて、お前は私を殺しに来たのか?私と仲直りに来たのか?」
父は僕を見ない。
相変わらず本を読んでいる。

「…分かりません。しかし、どちらでもない気がしています。」

「ほう。…お前はもう気づいているかもしれないが、」

父は振り返り、僕の目を見た。

「私は、お前には、勝てない。」

僕も父の目を見る。

「…えぇ。」






フッ

目の前の父が姿を消した、ように見えた。
しかし彼は天井に跳びあがり、僕めがけて、短刀を突き刺しにきていた。
僕は前転した後、父へ向かって飛び込み、押し倒し、マウントをとった。

僕父の顔を見た。
しかし父は無表情だった。

久しぶりに父に触れた。
彼の気持ちの悪い体温が伝わってくる。

「父さん…」

僕は父をどうしたいのだろう。
僕は父とどうありたいのだろう。

「あきらめろ」
「え…?」

父の声は熱が凍ったようだった。

「私はもう、どうにもならない。私は私で、もう、私でしかない。貴様が関与したところで、私は変わることはない。」

父は口元をゆがませる。

「私は、己を悪と認めたうえで、悪を行っている。」

父は何を言いたいのだろう。

「見させてもらったよ、貴様は刀を使いこなした。きっとその能力で私を切れば、私の悪徳が浄化できると思っていたのかもしれない。貴様はそう期待している。しかし、それは私には無効だ。」

僕は自分が期待をしていたことに気づかされた。

「正しくは、人間は悪でも善でもない。善悪は主観で形成される。それは個人と集団の主観だ。
善悪は多数決なのだよ。」

「何が言いたいのですか?」

「その刀で切れるのは、己の中の他意のみだ。誰かによって自らが悪に侵されているときのみ、その刀の浄化が起こる。逆を言えば、己が生み出した悪と称される徳は切れない。つまり、私のように、その行為が悪と言われるものだとわかっていたとしても、自発的に行っているような場合には、止めようがないのだ。」

「僕は、あなたをどうにかすることはできないというのですか?」

「その通りだ。」

「しかし、あなたが私に刀を渡したとき、なんでも切れるといったのは」

「貴様が切りたいのは、他によって侵された信念だけだからだ。しかし私は私として完結している。」

「しかし、何というか、それではあなたは僕を救うようなことをしているのでは。あなたは私を殺したかったのではないのですか?」

「殺す。と言えばそうだが、それは心臓の鼓動を止める事だけではない。」

「………どのような」

「貴様の人生を完全にコントロールすることだ!!!」
父は、雄叫びをあげた。

「私はこの瞬間を待ち望んでいたのだよ!貴様に屈服しているとき、すべてをぶちまける、この瞬間を!!!」
彼の咆哮に、僕は父に対する恐怖を思い出した。

「これから話すのは貴様の人生だ。」



父はホホエミを浮かべている。
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