第9話 俺は君が欲しい!

文字数 2,004文字

(きゃる~ん)「しのぶ。それなあに!」洞窟に来ていたアメイシャがしのぶの背中にとびつく。
「申し訳ありませんお嬢さま。また私は自分を抑えきれずに……」
「あら! まさかあの方の死体? もう、初めての男だったのにぃ、ちぇっ」
 夕暮があとからやってきて、気づき、駆け寄る。「あぁ、とうとうやられてしまったのですね。うちの護衛は強いとあれほど御忠告申し上げたのに」
「なに」しのぶがじっと夕暮を見る。「するとお前がスパイか」
「まあ人聞きの悪い。私はこの方にお嬢さまの居場所を教えただけです」
「それがスパイだって言っとるんだ!」
(きゃる~ん)「えっ、この子スパイなの? すごい、スパイって初めて見た」
「お嬢さま、喜んでいる場合ではありません。こいつを早く始末しないと……」
「そうね、でも何よりすべきことは……」
(もみもみ)ランが起き上がり、しのぶの胸を揉んでいる。
「この方を引きはがすことですわ」
「お前なんで生きとるんじゃぁッ!」しのぶがランを殴り飛ばす。
(ほれぼれ)「さすがラン様。しぶといですわ」夕暮は感心する。

 ランは参の型のことなど夕暮からも教わっていない
 だが しのぶの技が持つ最大の欠点に彼は気づいていた
 それは しのぶ自身も 何を切っているかわからないところだ

「参の型は、結局弐の型を連撃しているだけだ。継続時間が長いぶん、ラグが大きくなる。人形を置いて、適当な方向へズレればかわせるというわけだ」
「しかし、私は全方向から突きを繰り出しているのだぞ」しのぶは腕を組んだ。「ズレればいいというが、逃げ場なんかあるわけがない」
「その通り」(だらーっ)ランの体から血が流れる。「だから一つ二つは体に穴が空く」
「ばっちり効いとるだろうが!」
 夕暮が救急キットを携えてランに近づく。「手当ていたしますわ。話はそれから……」
「夕暮! お前のスパイ行為を許したわけではないからな!」
「わかっています。あとでラン様と一緒に罰してくださいまし……」(ひょこっ)夕暮はスポーツドリンクを取り出す。「ところでお疲れでしょうからこちらをどうぞ。お嬢さまも……」
「かたじけない」「わ~い」
(ごくごく)「ウッ」「ウッ」しのぶとアメイシャが倒れる。
「二人がバカで助かりました」(ふうっ)夕暮が自分の額の汗をぬぐう。「それに……」(ちらっ)負傷しているランの姿を夕暮が見つめる。「しのぶがラン様を半殺しにするのは、まったく計画通りでしたわね。このぐらいズタズタにしてもらったほうが手間が省けますわ」
(ごほっごほっ)ランがせきこむ。「お前、しのぶちゃんたちに何を飲ませた」
「しのぶが自分で調合した毒薬ですわ。棚にあったものを適当に持ってきましたの」
「大した女だ。あとでしのぶちゃんのパンツまで案内しろ……」
「ふふ、考えてみればもうラン様には必要のないものです。だってラン様は……」

 一生 私に世話をされながら 地下牢で暮らすのですから

(うふふふ)洞窟内に、夕暮のあやしい笑い声が響く。ランは、呆然とした。目の前が涙でかすんでいく——もうこれまでなのか。アメイシャちゃんはガキで、しのぶちゃんの(ぴーーー)も見れず、利用した女に幽閉されて、それで俺が終わってしまうのか?
 短い! あまりにも短い一生だった!
 思い返してみれば、ああ、思い残すことがたくさんある気がする!
 なんかこう……いろいろ……。
(…………)
「そんなにない!」(きりっ)
 だがランの拳に、力が入る。
「いや、思い残したことがあるとすれば、しのぶちゃんのことだけだ」
 夕暮の手を振りほどき、ランは立ち上がる。仰向けに倒れるしのぶを抱き起し、口の中に指を突っ込んだ。しのぶが飲み込んだドリンクを吐き出す。ランは叫んだ。
「しのぶちゃんの(ぴーーー)が見たいんだ! この気持ちに嘘はない! 俺は君が欲しい!」

 朦朧とした意識のなかで
(この気持ちに嘘はない!)
 しのぶは男の声を聞いた
(俺は君が欲しい!)

(かぁ~っ)しのぶの顔が真っ赤に染まる。「起きたか!」と言うランの顔面を、
「ギャーッ! このド変態野郎―ッ!」
 とぶん殴った。(ふらふら)倒れこんだランが、アメイシャのおなかを叩く。
(ぶーっ)アメイシャの口から、ドリンクが噴水のように飛び出した。そしてぱちりと目をあけ、「ん~っ」と伸びをすると「あぁ、よく寝たわ」と満足げな顔をする。(ちらり)それから自分の上に倒れこむランを見て、(すちゃっ)寝ぼけた頭でトンカチを取り出し、(ごつーん)頭を殴る。「あ、男だ。白いの出るかな~?」
 しのぶは真っ赤な顔を両手でおさえ、ぼけーっとしている。
 アメイシャはランの口に手を入れて白いのが出ていないかどうか確かめている。
 夕暮は(うふふふ)といまだ妄想のなかにいる
 ランは体にぼこぼこと穴が空いた状態で、頭にでかいタンコブを作っている。

 彼らが洞窟を出て屋敷に向かったのは 数時間後のことだった
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