第2話 最強のくのいち・しのぶ

文字数 1,469文字

 しのぶは走っていた。屋根裏通路はどこへも通じている。一部屋ずつすばやく巡り、じきにアメイシャの部屋に着こうというところである。「嫌な予感がする……」しのぶは途中を飛ばし、まっすぐに彼女のもとに急いだ。(ばたん)(しゅたっ)
「アメイシャお嬢さま!」
 しのぶがそう叫んだとき、(がっしゃーん)(びりびりびり)カーテンが破り裂かれ、アメイシャを一人の男が組み敷いている。しのぶの目がかっと見開かれた。
「貴様ァ!」しのぶの手が刀に伸びる。抜刀の早さはもはや人間の視力の限界を超えている。

 忍刀・壱の型 風見鶏
 
「しのぶ、お待ちなさい!」アメイシャが叫ぶ。
 しのぶの刀がぴたりと止まる。ランの首筋からたらりと血が流れて行く。「噂にたがわぬ刀さばき」ランは切っ先を親指と人差し指で挟んでいた。すんでのところだ。しのぶが力を込めても、刀はびくともしない。「貴様、見えていたな」しのぶとランの視線が、ぶつかる。
 ランは(にま~っ)と笑った。
「あら、超絶かわいいお姉さん。デートしませんか」
「で、で、デートだと。何を卑猥なことを~ッ。アメイシャお嬢さまから離れろォ!」
「いやーん、男の人に犯されちゃう」アメイシャは嬉しそうに叫ぶ。
「おっと、そうだった。今はアメイシャちゃんだった。アメイシャちゃーん……って、エッ」
 にこにこしていたランが、アメイシャの顔を見た途端に(かちん)と固まってしまう。そのまま石のように動かなくなってしまった。しのぶが近づいて、(こんこん)叩いてみると、(ずしゃーん)とそのまま横に倒れる。
(じゅわ~っ)石がだんだん溶けて、中にいたランが叫んだ。
「なにがご令嬢だよ! ただのガキじゃねえかぁ!」
「なんですって」不満そうなアメイシャ。
しかしランの言葉は当たっている。

 令嬢アメイシャ 十二歳 未だ赤飯は炊かず

「おれはお姉さんしか興味ないんじゃあ!」ランは駄々っ子のように言った。
「なんですってぇ!」アメイシャは腕まくりをして、ぽかりとランの頭を叩いた。
「ガキに叩かれたって痛くもかゆくもないわい」
「しのぶ。あれを持ってきなさい」
(すちゃ)渡されたハンマーを振りかぶる。
「ちょっと待てい。さすがにそれはシャレにならん!」
(ひょいっ)ランはすんでのところでハンマーを避けて、しのぶが入ってきた天井裏に逃げて行く。「待て!」しのぶもすぐに追いかけるが、いつの間にか天井はトタンで打ちつけられている。(ひらひらひら)置き手紙が一枚。
「なんて書いてあるの?」とアメイシャ。
「ええと、ちょっと待ってください」
(すちゃ)(ずしーん)
しのぶは虫眼鏡とでかでかとした国語辞典を取り出して、ていねいに読んでいく。
「ええと、よこくぶしは……」
「もう、しのぶったら。それはじょうって読むのよ。予告状」
「これは失礼しました……不勉強で……」
「オホホホ……」

 置き手紙
 予告状は撤回します
 でもしのぶちゃんのパンツが欲しいです

「なんだとあの野郎~ッ!」(ぐしゃっ)しのぶが手紙を握りつぶす。
「なんでパンツが欲しいの?」アメイシャが首をかしげる。しのぶは(か~っ)と顔を赤くする。「お嬢さまは知らなくてもいいことでございます」「いやいや。いけずしないでちょうだい。どうして男の人はパンツが欲しいの」「ちくしょう。あの変態野郎。絶対殺してやる~ッ!」

 しのぶには仕事がある
 アメイシャに触れた男は生きて帰してはならない
 触れるとは 手で触れることだけではない
 目で見ることも
 声を聞くことも
 においをかぐことも
 肌にふれることも
 そしてもちろん、ナメた野郎は殺す
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