第4話 ゴキブリ野郎

文字数 2,429文字

 ランは宙づりになりながら、じっと扉を見ていた。腕を組む。「遅いな」
「おそらく、小話をしていて到着が遅れているのでしょう」
「この屋敷の警備体制はどうなっとるんだ」
(どがしゃーん)扉が蹴破られる。夕暮がそっとささやく。「一発目は避けてください」

 忍刀・壱の型 風見鶏

 ランは頭をひっこめる。(ずぼぁっ)背後にあった壁が真っ二つになる。ランの髪の毛が一部舞う。「なんつう威力じゃ。まともに食らったらさすがに死ぬな」
 しのぶが振り返り、日本刀を鞘におさめる。「やはり貴様、見えているな」
「しのぶさん、お待ちになってください」と夕暮が割って入る。
「うむ、夕暮。よくこの変態を捕まえてくれた。いますぐ処刑しよう」
 日本刀にかけたしのぶの手が、うずうずと震える。
「ただ殺したのではいけませんわ」
「どうして。どう殺そうが、命なんてあるかないかの二つじゃないか」
「この男はとんでもない変態野郎です。色狂いのスケベ大魔神です」
 ランが思わず噴き出す。「おまえが変なニックネームを考えてるんだな!」
「まさか夕暮まで襲われたのか」としのぶ。
「はい。この男はとんでもないことをしました」
「ま、まさか、き、き、キッス、とか……」しのぶの顔が赤くなる。
「はい。キスもされましたし、胸も揉まれましたし、私の(ぴーーー)を(ぴーーー)して、この男の舌が(ぴーーー)で(ぴーーー)(ぴーーー)なのに、さらにそこで(ぴーーー)と来て、ああいけませんそこは(ぴーーー)」
(ぼかん)しのぶの顔から火が出た。(ぶすぶす)頭のてっぺんから煙が上がる。
 ランは不満の声をあげる。「まだそこまではしとらんわい!」
「これからするつもりなんだな、この変態野郎~ッ!」
 しのぶが日本刀を抜く。ランが叫んだ。
「だ~っ! もう付き合ってられるかぁ!」
(ぶちっ)ランは足にかかったロープを引きちぎって、また天井裏に逃げて行く。(かさかさかさ)(しゅととと)手裏剣が天井に刺さるが、既にランの姿はない。
「なんて逃げ足の速い人でしょう」と夕暮。
「まるでゴキブリだ」しのぶが呆れる。
「正攻法でやっても殺すことはできません」と夕暮が言う。「しのぶ、毒を使うのです。たしか前に、自分の部屋でそういうものを調合していると言っていましたね」
「たしかに。だがあれはとても危険なものだ」
「お嬢さまと私に手をかけたのです。それぐらい苦しむべきですわ。とってきてくださいまし」
 天井裏で、ランは聞き耳をたてていた。「なるほど、そういうことか」そしてどこかへ歩き去っていく。
(とてとてとて)(ばたーん)(ぜぇぜぇぜぇ)アメイシャが扉の外で倒れている。
「ちょっと、待ちなさい。しのぶ、あなた、足が速すぎるわ……」
「大丈夫ですか、お嬢さま」しのぶがすぐに助け起こす。
「私は万年運動不足なのよ。手加減しなさい」
「別に追いかけて来なくても……」
「駄目よ。こんな面白いこと、絶対見逃せないもの!」(きらきら)

 アメイシャは娯楽に飢えていた

「(うひひひ)男の人の体をもっと見たいの。女とはずいぶん違うみたいだから」

 アメイシャは男に飢えていた

「失礼」(ぷしゅっ)夕暮れが吹き矢を飛ばす。「ウッ」アメイシャがばたんと意識を失う。
「お嬢さまをお部屋にお連れしてください」と夕暮。
「夕暮、あなたは容赦がなさすぎる」
「しのぶだってお嬢さまにうろちょろされては迷惑なはず」
「迷惑。いや、そんなことは……。あるな」
 しのぶはアメイシャを抱いて、部屋に連れて行く——なんて、軽いんだろう。痩せすぎないように、太り過ぎないように、栄養士が計算した食事を毎日食べているというのに、彼女の体にはいいようもない儚さがあった。静かに閉じられたまぶたは、まるでもう二度と開くことがないかのような不安を感じさせる。
 しのぶはていねいにアメイシャをベッドに下ろす。

(そういえば あなたの名前はなんていうの?)幼いアメイシャが尋ねる。
(しのぶです。今日から私があなたの矛であり、盾です。お役立てください)
(悪い人から守ってくれるの?)
(悪い人からでも、良い人からでも、何からもお守りします)

「必ずお守りします」しのぶはアメイシャの頭を撫でる。

 そのためのひとまずの仕事は あのふざけた変態野郎をぶっ殺すこと……

(むっ)「そこかっ!」
 しのぶが天井に手裏剣を投げる。しかしそこには何もない。
「おかしい、さっきから妙にいやらしい視線を感じる」

 くのいち しのぶ
 彼女は自分に向けられる視線を すべて感じ取ることができる
 おっぱいを見られている女が
 おっぱいを見られていることに気が付いているという
 あの女特有の超能力を
 意識的に使用できるまでに高めたのである

 しのぶは立ち上がり、目を閉じた。真っ黒な世界のなか、彼女は頭のなかで周囲にある物体の輪郭を白く描いていく。アメイシャ、彼女が横たわるベッド、床、窓、天井。すべてが調和し、あるべき位置に収まっているのを感じる。しかしその中で一点だけ、(もやもや)均整のとれていないおかしな箇所がある。「極上の変態になるためには、極上のスキルが必要ってわけだ。そこにいるな、出てこい。私を欺けると思うな」
(…………)
(…………)
「いや、そこにいるな出てこい、って言われたら出てこんかい! 空気を読め!」
(むっちゅ~)「しのぶちゃ~ん! やっぱり我慢できね~! キスしてくれ~!」ランが唇を突き出して、しのぶに飛び掛かる。
「だーッ! なんちゅう気持ち悪い奴なんだお前は!」(ぼこぉ)しのぶの拳がランの頬を打つ。
(ごろごろごろ)ランは壁際まで転がって、(きりっ)身を起こす。
「いいパンチだが、俺には効かないな」(たらーっ)鼻血がこぼれる。
「ばっちり効いとるだろうが!」
(ぶおんっ)(ひょい)しのぶは刀で切りかかるが、ランは軽々と避ける。
「だーッ! くそゴキブリがァ! 死ね死ね死ね死ね!」
(ぶおんっ)(ひょい)(ぶおんっ)(ひょい)(ぶおんっ)(ひょい)
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