第6話 あいつの靴下隠したぜ

文字数 2,471文字

(いいですか、ラン様。しのぶの使う弐の型には弱点があります)
 夕暮はランとベッドで時を過ごしながら そう教えていた
(弐の型を使われたら避け切れません。あれこそがしのぶが忍びたるゆえん、最強の護衛、あるいは最強の殺人者である証なのです。いくらラン様の回避能力が優れていたとしても、所詮はアマチュア。対策が肝心です)
(そんなにすごいの)
(私も一度見たことがあります。もっとも、見えたことはありませんが。それぐらい早いのです。空間のすべてにしのぶがいると考えなければなりません。何をする間もなく、ラン様は切り刻まれます。これは間違いないことです)
(それで、弱点とは)
(早すぎてしのぶにも見えていないことです)
(なんだか間抜けだな……)
(しのぶは弐の型発動時に頭のなかで空間マップを作成します。移動しながらもマップは更新されていきますが、その変化は現実に追いつきません。ラン様には猶予があるのです)
(なるほど)
(そこでこちらをお使いください)(ずどーん)
(なんだこのかかしは)
(私が作っているラン様かかしです。刺したら血も出ます)
(その機能いる?)
(股間にはアレもついています。なんか白いの出ます。飲めます)
(その機能いる?)

「んーっ」アメイシャは起き上がり、伸びをした。「ああ、よく寝たわ!」
 周囲を見渡す。部屋がぼろぼろだし、床はケチャップまみれになっている。しのぶもいない。アメイシャはねむそうに、そして退屈そうにおおあくびをした。(ぎゅるぎゅる)お腹が鳴る。
「私、空腹。すごく空腹よ」アメイシャは(ぼりぼり)と腹をかいた。「でもなんで寝てたんだっけ?」(はっ)「そうよ! たしか発情したオスが私の肉体を求めて……」
「こんこん」と夕暮が出入り口で呟く。もう扉がないので、ノックできないのである。
「あら、お夕飯かしら」
「そうです。お持ちしましょうか、それとも食堂に?」
「もちろん食堂へ行くわ。なにか起きそうだもの。今日の料理にオスは出るの?」
「出ません」
「あら、オスって食べられないのね」
「そのオスっていう言い方はやめたほうがよろしいかと。下品ですわ」
「わかりました。これからは必ず男といいます。男って食べられないのね。オホホホ」
「食べられます。刺激すると白い液体を出すので」
「へぇ~、一度見てみたいわね」
(じゃーんじゃんじゃかじゃーん)食堂に入ると、楽隊が演奏をはじめる。アメイシャは突然の大きな音に顔をしかめる。優雅なクラシック音楽。席についたアメイシャはおしぼりで手をふき(きゅっきゅっ)、「おてもと」と書かれた袋から割箸を出す(ぱきっ)。
「旅行なので、予算を切り詰めておりますわ」夕暮が言い訳みたいに呟く。
「ならまずはこのうるさい音楽から辞めさせなさい」
「彼らは楽器しか仕事がないのです」
「シンバルはあまり活躍していないようだけど」
「彼のシンバルは旅行中、五回しか使いません」
「クラシックにもいろいろあるのね」(ぱくぱく)「もっと軽い音楽はないの?」
「いちおうロックバンドも控えさせております。軽音楽です」
「演奏の予定は?」
「ありません」
「まずそういうところを削りなさい。でもせっかくだから弾いてもらおうかしら」

(ぼんぼんぼんぼん)
 あいつの靴下 隠したぜ
 ナイスなあいつのスニーカー 
 好きなあの子に 告白するらしいぜ
 靴に隠れた白い足
 足裏めっちゃ汚いぜ
 いろんな汚れがついてるぜ
 なんか臭いぞどうした佐々木
 先生靴下こいつに盗まれました
 証拠もなければ 靴下もない
 ウォウウォウ(ぼんぼんぼんぼん)

「ずいぶん重い音楽ね」(ぱくぱく)「私には音楽の良し悪しなんかわからないわ。だって難しすぎるもの。というかずっと何を言ってるの? ———ところで、メンバーに男がいるようだけど」
 バンドメンバーの中に包帯でぐるぐる巻きにされた人間がいた。胸のところに張り紙で男と書いてある。姿はきっちりアメイシャには見えないようになっているのだ。
(しかも……)「大丈夫です。目隠しと耳栓をさせています。彼は暗黒の世界にいます」
「よく演奏できたわね」
 アメイシャはしばらくご飯を食べていた。しかしだんだん不安そうな顔になってきた。どこを見ても、しのぶの姿がない。「しのぶは?」アメイシャは夕暮に尋ねる。彼女は何も言わず、ただ首だけを横に振った。

 教えてくれない 大人たちはそうやって私に隠し事をする
 ここにいる使用人たちはみな 私の使用人ではない
 お父様の使用人なのだ

「例の男は?」そう尋ねても、夕暮は何も答えない。
 アメイシャはだんだん退屈してきた。なんだかここには居たくないような気がした。
「しのぶ。しのぶ~っ」呼んでみる。だが現れない。
(しゅばっ)「どうも、お嬢さん。お久しぶり」代わりに現れたのが、ランである。
(きゃる~ん)「あらぁっ、あなたは……」
「そうです。私こそが稀代の女好き」
「そして変態のオリンピック……」
「それからスケベの求道者で……」
「エロ仙人でしたわね」
 夕暮がこう付け加える。「色狂いのスケベ大魔神」
「さっきこのメイドに聞きましたわ。男の人は刺激すると白い液体が出せるそうですわね」
(きりっ)「おっと、お嬢ちゃんにはまだ早すぎるな」
「いやよ、いやいや。そう言わず今ここで出してくださいまし」
「ん~、どうしようかなぁ」(ぽりぽり)
「やめてください」さすがに夕暮が注意する。「また別の次元の変態になってしまいます」
「まあそう言わずに」(すちゃっ)アメイシャはトンカチを取り出す。(カーン)「たしか刺激すれば出るんでしたわね」そして頭を殴りつける。
「痛ーっ! 何すんじゃこのガキゃぁっ!」
「あれ、出ませんわね」(カーン)
「まず叩くのをやめろや!」
 夕暮は呆れる。「お避けになればいいのに」
 ランは(むすっ)とする。「よくわからんが、体が動かん。どういうわけじゃ」
「お嬢さまはラン様のお好みではないから、根本的に、動きに興味がないのかも」
「なるほど」(ぽんっ)ランは納得して手を打つ。
「アハハ……」「ウフフ……」「オホホ……」(カーン)
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