第8話 最低の戦い

文字数 2,289文字

 対峙する二人

 いかに相手を殺すか
 いかに(ぴーーー)を見るか
 最低の戦い
 だがしのぶは 少しだけ気持ちが落ち着いた
 楽しい と思った この男を殺したら どんな声で鳴くだろう?

「えへ、えへえへへへ……」
 しのぶの手が震える。頭の中はどうやって切りかかるかで一杯だった。
「うひ、うひうひひひ……」
 ランの体が震える。頭の中は(ぴーーー)で一杯だった。発情したオス。最低の戦い。

 忍刀・弐の型 孔雀

 しのぶの姿が消える。頭の中に描き出されるマップは、現実とわずかにズレながら、更新されていく。だが、しのぶは動き回りながら、現実と脳内マップの時差をも意識していた。そのコンマ数秒でランが移動できる距離はたかが知れている。

 ランの体を その分だけ大きく描く
 仮に避けられたとしても 致命傷
 動けなくなったところを 命乞いするところを 殺す

「だけどそれは、最初の俺の位置が把握できている場合に限る」
 声が聞こえた。ランだ。だが場所がわからない。気配はたしかに感じる。感じるが、そこらじゅうから気配を感じる。どこにいるかわからない。まるでランが分身したかのようだった。

 まさか あの男にここまでの運動能力があったのか?
 ありえない このスピードで移動できるのは 限られた忍びだけ
 つまり
ランはしのぶの背中にくっついている!(もみもみ)

「胸を揉むんじゃねえーッ!」
「うーん、女忍者に期待される見事なサイズの貧乳だ」(もみもみ)
「ぎえーッ! 気持ち悪いーッ!」
(ずがががが)背中にとりついたランを追い払うため、しのぶは背中から床に体をぶつけていく。穴が空き、穴が空き、穴が空いた。とうとう建物の基礎にまで達し、洞窟の岩盤にさえ達した。岩を砕いて突き進む。(ぽーん)遂にランが飛んでいった。
 すかさず、しのぶが切りかかる。

もし生き延びようと思うなら ランは動き続けなければならない
止まったら死ぬ それが弐の型本来の姿なのだ

「どうして、しのぶちゃんはこの仕事をしてるんだ?」
 切りかかったしのぶの刀が、止まる。動かせない。ランが指で止めている。
「アメイシャ様は、こんな私を認めてくれた初めての方だからだ」
「どんな私だ?」
「人を切りたい……人を切りたくてしょうがない、残忍な私だ!」

(ご主人様、駄目です。この女は制御できません)
 しのぶは獣のように 唸り声をあげる
(異国の地での拾いものは使い物にならなかったか。用心棒になると思ったが)
(まさか食い物でも金でも言うことを聞かないとは驚きました)
(我々には心をひらかないのだ。こうなってはもう負債だな。ええい、殺してしまえ)
 しのぶに銃が向けられる 檻の中 武器はない
(あなたの望みはなあに?)
 女の子が しのぶに近づく
(やめなさい、アメイシャ。そばに寄ってはいけません)母の声
 しのぶ 唸り声をあげ 女の子が伸ばした手に食らいつく
 発砲音 苦しむしのぶ 女の子はさらにもう一本の手を差し出す
(これが欲しいの? 私の腕が欲しい?)
(やめなさい、アメイシャ!)
(もうよい。そんな女など死んでもかまわん。やりたいようにさせてやれ)
(……ありがとうございます。お父様。ねえ、あなたはこの足も欲しい?)
 しのぶの噛む力がゆるんでいく
 女の子はほほえんだ
(あなたが欲しいのはこれじゃあないのね 教えて なにがほしいの?)
 しのぶの目が 物置き小屋のほうを向く
 そこには彼女から取り上げた刀がしまわれていた
 女の子はその刀を持って しのぶのところへ戻ってくる
 周りにはもう誰もいない
 みんな女の子の命はあきらめてしまった
 ただ遠くのほうで メイドの一人が見守るばかりである
 誰か一人が 女の子の安否を報告する役目を負わなければならなかったから
(刀が欲しいの?)
 しのぶが唸る 女の子は刀を渡す
 その途端 檻が割れた しのぶが邪悪に笑いながら 女の子に迫る
(それで 人を切りたい?)
(ウウウ……)
(大丈夫よ、私はあなたのことなんか怖くないもの)
 女の子はしのぶを抱きしめる

 あなたに仕事をあげる
 好きなだけ 好きなことができる仕事
 誰も切る人がいなくなったら
 最後に私を切りなさい
 約束よ

「だから私は、もう人を切らないと決めた。絶対に切らない」しのぶは言った。
「俺はずっと切られてるけど?」
「みんなを切ると、最後にアメイシャ様を殺すことになってしまう。だから屋敷に不届き者が現れたときだけ、刀を抜くの。あの子を守る時だけ、刀を抜くのよ」
「ねえ、俺は?」
「あなたは切っても切っても切れないオモチャ」しのぶは(にやにや)する。乾いた自分の唇を、舌でねっとりと湿らせる。「あぁ、切りたい。ぶっ殺したい。ねえ、お願いだから、死なないでちょうだいね」

 忍刀・参の型 筒鳥

 しのぶの姿が消える。しかしすぐに、それは起こった。
(ずどどどどど)それは、全方向からの突き乱撃。逃げ場は一切ない。狙われた人間は穴ぼこだらけになって、ゴミクズみたいに地面に落ちる運命。

 しのぶはたしかな手ごたえを感じていた
 死んじゃう? 死んじゃうの? 死ぬ?
 えへ えへへ えへへ 死ぬ? 死ぬ? えへ えへへ
 しのぶは興奮して 自分の体が熱くなるのを感じた
 熱くなるたびに 刀が早くなる
 ああ 殺せる 殺せる この生意気な サンドバックを殺せる

 ランの体が真っ赤になる。そして地面に倒れ伏した。
 しのぶはそれを見て、嬉しそうにしばらく息を荒くしていたが、だんだんと顔が青くなってきた。刀を地面に落とし、膝から地面に崩れる。それから両手で顔を覆った。
「私という人間は、結局本性は人殺しだというのか……」
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