第3話 アメイシャに仕えるメイド・夕暮

文字数 2,044文字

(たったったっ)しのぶとアメイシャは並んで走っている。
「あの方を見つけるのね」
「お嬢さまはついてこないでください。あの男は危険なのです」
「駄目よ。乙女にお手つきしたんだから責任はとってもらわなくちゃあ……それに……」
「それに?」
(きゃる~ん)「危険だなんて、生まれて初めてなんだも~ん!」

 令嬢アメイシャ 十二歳 未だ危険を知らず
 彼女は生まれて以来 ほとんど外に出ることがなかった
 完全に調整された空間 管理された環境
 病気といえば たまに風邪をひくぐらい(くしゅん!)
 何かが倒れてくれば (お嬢さま危な~いッ!) しのぶが助ける
 どこかに落ちそうになれば (お嬢さま~ッ!) しのぶが助ける
 どこかに落ちようとすれば (お嬢さま~ッ⁉) しのぶが助ける
 SNSで動物アイコンの人と会おうとすれば (お嬢さま……) しのぶが助ける
 殺人犯のいる屋敷で(こんな人たちと一緒にいるなんていや! 私は部屋に戻るわ!)と言えば (お嬢さまそれはやめてください!) しのぶが助ける

「お嬢さま! お願いしますから、じっとしていてくださいね!」

(たったったっ)
「ちっ、ずいぶん広い屋敷だよなァ」ランは屋根裏をやみくもに走っていた。
(きょろきょろ)額に手をかざしながら周囲の様子を見る。
「しのぶちゃんの部屋ってどこにあるんじゃ。こんなに広いと見当もつかん。待てよ、あいつなら知ってるかな」
(きききーっ)ランは足を止めて、手近な部屋に入る。
(しゅたっ)降り立つ。目の前には、窓辺でたたずむメイドがいる。憂いを含んだ、理知的な瞳。色気たっぷりの胸とお尻に、ランは(うしし)と内心にやついた。
「おっす」(ひらっ)ランが手を振る。

 アメイシャに仕えるメイド 夕暮
 彼女こそ ランに協力する スパイなのである

 夕暮はちらりとランを見た。(ふっ)息をつく。
「もうお嬢さまには会いに行かれましたか」
「行ったよ、行った。ただのガキじゃねえか。なんで言わねえの?」
「もう十二歳ですよ。稀代の女好きと聞いていたので、守備範囲は広めかと」
「ばあさんを抱くやつがいないように、子どもを抱くやつはいないのさ」
「ばあさんを抱く人もいます」夕暮の瞳が熱く、ランのほうを向いた。(ぽっ)頬が赤くなって、少しもどかしそうに身をよじる。「私は末永くラン様とお付き合いしたいと思っておりますが」
 ランは(すすすっ)と夕暮に近づき、(ぽんっ)と肩に手を置く。
「なんて美しい女なんだ。お前がいなきゃあ俺はやっていけない」
「ああ、ラン様。いけません、こんなところで」夕暮はそう言いながら、ランを(ぎゅっ)と抱きしめる。
「むぐっ……なんて豊満な胸……じゃなくて……」(ええい!)(ぐいっ)ランは夕暮を押しのけた。「おまえ、しのぶちゃんの部屋を知らないか。俺は猛烈にしのぶちゃんのパンツが欲しいんだ!」
(がび~ん)「ぱ、パンツを⁉」
「できればブラジャーも」
(およよよ)「私というものがありながら……」(がじがじ)夕暮はハンカチを噛む。
「もちろんお前のパンツも欲しい!」(きりっ)
(すっ)「わかりましたわ。お任せください。パンツは後払い致します」
 ランは夕暮の肩を叩く。
「いやあ、なんて頼りになる胸……じゃねえや、女なんだ。それで、部屋はどこに?」
「存じません」(ぷいっ)
「こら、いまお任せくださいと言ったじゃないか」
「今から調べるという意味です。ですので……」
(ぐいっ)夕暮は上から伸びてきたロープを引っ張る。(ぎゃわん)ランが一瞬のうちに宙づりになった。足元に罠が張ってあったのである。「何をしとるんじゃあ!」
「きゃあ~ッ! 曲者よぉ~ッ! 誰か助けてェ~!」
 夕暮が哀れっぽく大声で叫んだ。

(きゃあ~ッ! 曲者よぉ~ッ! 誰か助けてェ~!)
(ばっ)「こ、この声は夕暮の……」しのぶが振り返る。
「夕暮ってだれ?」とアメイシャ。
「ご存じないのですか。お生まれになったときからあなたに仕えているメイドでございます」
「だって、教わっていないもの」

(アメイシャ メイドの名前を覚えておく必要があるか?)
(いいえ ありませんわ お父様)(生気のない瞳)
(そうだ お前は 将来の婿のことだけを考えていればいいのだ)(にこにこ)
(私は そのために 生まれてきた……?)(黒いもやが、瞳の中をうごめく)

 しのぶは歯を食いしばる。長い付き合いだ。メイドといえども、夕暮の名前を知らないはずはない——アメイシャお嬢さまは幼い頃から 教育 を受けてきた——それがどんなものだったかは、しのぶも知らされてはいない。
「しのぶ、しのぶってば。何をぼうっとしているの?」
 名前を呼ばれた。しのぶは(はっ)と我に返る。「なんでしょうか、お嬢さま」
「なんでしょうか、じゃないわ。そのナントカっていうメイドを助けに行くんでしょう」
「そ、そうでした」
「もううっかりさんなんだからぁ」(ぽかり)「オホホホ……」「いや、面目ない、あはは……」
(…………)
(きりっ)「しのぶ、いざ参るッ!」
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