03 兄のプチ引越し

文字数 2,860文字

 直ぐ上の兄はいつも離れ二階で寝ているが、従姉妹が遊びに来るので場所を貸す事になった。昨日も今日も仕事から帰ってきたら掃除や片付けをしていた。たぶんいつも掃除は適当にやっていたに違いない。俺と一緒の時もそうだったからな。窓ガラスも一生懸命に拭いているが開けると虫が入るから急いでやっている。俺は勉強と偽って部屋に篭りっきりだ。兄はいつも残業があり家には夜八時頃の帰宅となる。たまに遅い時もあるが何処かに寄って来ている様だ。彼女か、それとも買い物か、残業は二時間くらいはしているんだと思うが何の残業をしているのかは知らない。聞いても分からないから聞かない。
 
 会社は車で三十分は掛かる隣町にあり、大手家電メーカーである河中電機の主要な工場の一つだ。多賀工場と言って敷地はかなり広いらしく従業員は千人位いるそうだ。人数は工場として多いのか少ないのか判らないが俺の通っている加々見高校よりも多いから、たぶん大きい工場だと思う。兄の会社は給料も意外と良いのだそうだ。ただ、朝早いのが苦になるらしい。通勤時間帯を遅くすると通勤車で渋滞になりガソリンばかり使ってしまうが、いっこうに前に進まない。それならばと朝早く家を出るのだそうだ。工場の近くに川があり橋も少ないから通勤者で混雑するのだそうだ。二直体制で家電の部品製造をして、家電の一部はここで組立もしているとの事だ。兄は定時勤務で事務所にいるらしい。工場には比較的女性が多く平均年齢が低いから工場としては伸び盛りなのだと思う。
 
 俺も働くならしっかりとした会社に入りたいものだが、兄によると規律が厳しいから俺には無理だと言っていた。勤務してみないと判らないじゃ無いかと言いたいが、あまり規律が厳しいと嫌だなあ。それに俺はそんなごちゃごちゃした人混みの工場や通勤が大変なところでは働きたくは無いな、せいぜい居ても十数人で車で十五分くらいかな。然しそれでは中小企業の工場だと思うし給料が少ないしなあ。のんびりと仕事はしたいし給料はたくさん欲しいし悩ましいところだ。どこかそんな会社があればなあと思う。きっと無いんだろうなあ、まだ高校二年だからのんびり考えよう。
 
 小中学生の時は兄と一緒に二階で寝起きをしていた。その時にはベッドは無く布団で上げ下ろしの毎日だが、兄がひとりで寝る様になったら何処からかベッドを買ってきた。仕事しているからお金がある。いいなあ羨ましい限りだ。俺も働く様になったらベッドで寝てみたい、ささやかな俺の願いだ。二階は夜電気を煌々と付けていると近くの山からカブトムシやクワガタムシが飛んで来て窓に当たる。バンッて音がするから虫は窓ガラスが見えていないと考えられる。まあ、無理もない。窓を開けるとすぐ下の屋根に落ちている。捕まえて何か入物を捜して飼う、つもりだが、翌日には放してあげる。あとはガ、羽蟻やカナブンは来なくて良いのにいつもいつも光に寄ってくるから頭にくる。ほんとうに鬱陶しい。一旦部屋に入ると蛍光灯の周りや目の前を飛び交い、疲れると畳に降りて歩いている。電気を消して窓を全開にすると交差点の水銀灯の光が部屋に差してくる。風が入ってくると爽やかで気持ちが良いし、波の音が聞こえて来るので子守がわりになる。波がサーっと来てからザバーン、ザーって引いての繰り返し。音で判るからほんと雑音が無い社会っていいよなあ。波の音は不思議と心地良くいつの間にか寝ることができる。
 
 俺は高校になってからは母屋の土間にある三畳部屋に寝床を替えてのんびりと勉強をしていた。畳以外には板敷が約一畳と押入れがある。一人なら良い部屋である。兄と一緒の部屋ではなんだかんだと煩いし、すぐ手伝えって言ってくるからな。取り敢えず内心は大学に行く予定を立てていたので勉強は静かなところで集中していたつもりである。あくまでもつもりだ。
 
 兄は何回も二階に行っては物を持って母屋に運んでいた。何がそんなに多く物があるのか分からないが兄の仕事は企画設計をしているので、その関係の資料、着替えの衣類や書物などだ。結構資料が多い。ベッドは流石に動かせ無いから従姉妹に使って貰う事にして、押入に入れていた布団を降すことにしたみたいだ。後で見たんだがベッドのシーツが新しくなっていた。そうだよな、男が使ったシーツなんて使いたくも無いよね。一応デリカシーがある兄で良かったよ。俺はと言えば、あっ、察してしまったので知らん顔をしていたんだが。

「夏樹、手伝え」

 いつも俺にお鉢が回ってくる。俺もいつもの事だから二つ返事で手伝う。兄が取り纏めた物を俺が二階から母屋へ運ぶ役割だ。単に運ぶだけだから簡単そのもの。然し、いつも俺だからなあ、自分でやれよと言いたいが、俺もいつも小遣いを貰っているから断れないのが情け無い。今回はどのくらい貰えるのかな、大した手伝いじゃないから小遣いは少ないんだろうな。持ってきた物をどこに置くか聞いて指定された所に置く、違う所だと何でこんな所に置いたんだって後が煩い。違う所に置いて文句を貰った時は遠くで、そんなら自分がやればいいじゃ無いかと聞こえない様に小声で言う。遠くに行くと、やい早く手伝えって煩いの何のって、これが兄弟なんだよな。
 
 引越した後で兄は何やら片付けをして寝床を作っていた。やれやれ手伝いは終わった。俺はと言うと当たり前だが自分の部屋の片付けは全く無く八畳の座敷で漫画を読んでいた。いつもの如くごろ寝だ。そうしたら兄が小遣いをくれた。おっ意外に多い、嬉しいな。そう言えば先月あたり残業があり遅くまで仕事をしていたな、多少あぶく銭が入ったに違いない。俺にとっては兄の残業が多い事は小遣いも多くなるので期待は大きい。俺の心の中に密かに思っている事だ。
 
 最近ではテレビはそんなには見ない。見てもバラエティ番組や歌番組だ、批判や文句を言う番組は見ていて嫌になる。ニュースのあーでも無いこーでも無いって可笑しくって笑ってしまう。台風の時の実況中継や被害状況には釘付けになってしまう。風呂に入り自分の部屋で布団に入りながら読書だ。読書と言っても日本史を漫画入りで書かれた物だ。字ばかりだと眠くなってしまうし、好きな漫画があると興味が増す。今夜は戦国時代の所を見ていた。何回も同じ所を見ているので既に覚えているが構わずページをめくっていた。戦国時代と言えばやはり織田信長だよな。分家で家臣なのに成り上がって尾張を統一したり、駿河の今川をやっつけたりして、カッコいいよね。だけど今川の何万の部隊って言ったっても食事を作る人や荷物を運ぶ人がいたんだから戦える人って限られてる筈だよね。更に桶狭間って今と違い道も狭かったんだろうね。色々と想像してどんな風に戦ったんだろうと考えるのは、なんか自分の世界に入ってしまうし歴史は面白い。記憶に残っているのは、やはり真田幸村と猿飛佐助だ。小さい頃だから学校の教科書よりも漫画誌が頭に残っている。こんな事を言うと学校の先生に叱られそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み