05 従姉妹が来た

文字数 3,343文字

 そろそろ来る頃かな。次男の俊雄が車で近くの駅まで迎えに行った。かれこれ一時間になろうとしている。片道だいたい三十分は掛かる。真っ直ぐ飛んで行けば訳もないだろうけど、田舎道や山道を通らざるを得ないから遅いのはしょうがない。兄は自動車ディーラーの販売員、色々な仕事をしたが今は落ち着いて販売の仕事をしている。俺の家から南側に家を建てて住んでいる。家と言っても土地は広くは無く予算を抑える為に平家を建てている。
 
 バタンと北側道路で車のドアの音がして、直ぐに兄に続いて従姉妹が庭に姿を見せた。初めて見る。従姉妹はにっこりとしていて座敷の俺の方を見ている。俺がいる事にも驚いてもいない様子だ。たぶん俺の事は聞いていたはずだし、今日は家には母と俺がいる事は兄からも聞いていたはずだ。兄の事だ、どうせ俺の事はへんちくりんな弟でもと言っていたんだろう。俺が従姉妹の事を写真では見ていたが何せ幼児の写真、多分一歳位で秋か冬なんだと思う、ちゃんちゃんこを着てひとり満面の笑顔で写っている。とても可愛くて忘れられない写真だ。以前からその写真は兄から従姉妹だと聞かされていた。だが今回初対面、なんて言えば良いのか、とっさに俺は。

 俺   「こんにちは」
 従姉妹 「こんにちは」

 にっこり笑っている。何を言っているのだ俺は、従姉妹は白いブラウスに茶色のフレアスカート、髪は長くて都会の人だと直ぐに判る容姿、美人では無いが、従姉妹だからね、だいたい想像していた通りだ。笑顔がいい、俺好みだ。今家にいるのは俺と母、母は数年前から身体が弱くなり農作業には行っていない。多少不自由だが毎日のんびりと家で寛いでいる。高校から帰ってくるといつも母がいるから甘えん坊の俺にとっては内心嬉しい限りだ。帰ってきて一人って寂しいものだ。兄と従姉妹は土間から入って来て兄から紹介があった。既に分かっているけど名前は美咲、年は俺と同じだけど早生まれ、学年は一つ上で今は働いているそうだ。母も姪っ子だから来てくれて嬉しがっていた。

 母   「実咲、会えて嬉しいよ」
 実咲  「こんにちは、遊びに来たよ」

 暫くすると父が野良仕事から帰って来た。今日来る事は聞いていたから仕事を早めに切り上げたようだ、父も嬉しがっていた。俺と同じで実咲を小さい頃から見ていない、兄は会社の出張の時に暇を見つけてはちょくちょく会いに行っていた様である。そうでないと駅に迎えには行けられないと思う。

 父   「実咲か、大きくなったな」
 実咲  「こんにちは、叔父さん」

 一息ついてから父が離れを案内した。離れといっても五メートルも離れていない。今日からの実咲の寝床である。外階段を上がった二階に八畳の部屋である。普段は俺の直ぐ上の兄が使っている。兄はと言えば母屋になってしまった。数日だからしょうがない。俺は土間の小部屋を使っているから全く影響がない。
 
 美咲は暫くしてから降りて来た。着替えをした様だ、Tシャツにホットパンツのピチピチギャルだ。近くでこの様な姿を見るのは初めてだから一瞬ドキッである。両親、兄、実咲に俺はキッチンでワイワイガヤガヤと話をし始めたが、まあつまらない話である。今何処にいるとか、何の仕事をしているとか。実咲は子供の頃に父を亡くしている。家計の負担を考えて中学を卒業して海の近くの結婚式場に就職したとの事だ。様々な状況があるとは思うけど弱者福祉は強く進めて欲しいな。江戸時代の五代将軍徳川綱吉の生類憐れみの令が今の時代にも正しい解釈がされて欲しいな。単に動物、犬だけじゃ無くて人間も対象だったしね。江戸中後期には理念を引き継いだし、中世のような自力救済では無理と言うものだ。弱者が意思を示せば支援が出来る社会でありたいな。流石に高校生だよな、と声には出さないが自負してはいるつもりだ。そうだ、俺の家も支援をして欲しいな、ここに貧乏高校生がいるし、これは流石に駄目だろうな。実咲には姉がいて五歳違いで既に働いている。おれと言ったら高校生で纏まった金なんて持った事がない。楽なバイトが無いのも問題だと身勝手な俺も思ったりもする。一年の時に友人と一緒に土方のバイトを三日したが、流石にばてた。土をスコップで掘ったりして一輪車に乗せて運んで集める。単純作業だけど体力が欲しい。バイト代が三日で六千円、新米高校教師の月給受け取り金額が五万円弱だから、まあ普通かなあと思う。実咲は頑張って働いている、偉いなあと勝手に思っている。住居は実家を離れて住込だそうだ、食事も寝る所もあるから便利だって。俺だったら寂しくなっちゃうよ。

 俺   「腹へった、夕飯は何」
 父   「玉子だ、実咲も食べるか」
 実咲  「食べたい」

 夕飯は野菜、トマト、胡瓜にナス、後は玉子焼きにネギの味噌汁、畑で採れた物、いつもの事だ。食事中も実咲の事で盛り上がっていた。俺、両親と実咲だ、兄は仕事でまだ帰ってこない。式場の前は海で入江の中には砂浜があるので都会から大勢海水浴に来るのだそうだ。今回こっちに来たのは式場の休みが取れて日程の都合が良く、一度母の実家を見て置きたかったようで、出来れば海水浴を静かな所でしたかったみたいだ。こっちの海には海水浴する人なんてほとんどいなくて偶に投げ釣りをする人がいる程度だ。

 実咲  「なっちゃん、海に行こうよ」
 俺   「明日」
 実咲  「明日も明後日も」
 父   「あまり沖に行くなよ」
 俺   「おお」

 実咲の仕事で結婚式があるとその準備は大変で、間違いがあってはならないので何回も確認していた。仕事は夜遅くになる事もあり、大変だけどやりがいがある仕事の事。俺の将来はどんなだろうか、学生ではまだまだ考えられない、どんな仕事をしようかなんて一度でも考えた事なんて無い。来年になったら考えざるを得ないんだろうな。その時には実咲みたいに一人で電車に乗り、会社や大学に行くのかな。

 夜のトランプ

 実咲  「なっちゃんトランプやろうよ」
     「ちょっと待ってて」
 俺   「いいよ」

 夜になると美咲は徐に離れの二階に行ったかと思うとトランプを持ってきた。え、いつも持っているんだ、かなり好きな様だと内心思ってしまった。職場でもやっているんだろうか、俺なんかはまず好んではやらない。小さい頃には七並べとかポーカーくらいかな。家には男ばかりだからなあ。持ってきたトランプは絵柄が綺麗な模様をしていた。美咲はスピードをやろうとのことである。スピードって何だ、初めて聞く、どうやってやるのか聞いたら教えてくれた。それなら畳ではやり難いので俺は座布団を一枚持って来た。ルールは簡単だったので直ぐに分かり始めた。よーいどん、早くカードを操作して。

 美咲  「勝ったあ」
 俺   「負けた、もう一度」
     「待って、お茶飲んでから」

 何回やったのだろう、こんなに楽しい事は今までに無かった。末っ子は歳が離れた兄からは揶揄われ、すぐ上の兄からは、やい手伝えって扱われる存在だ。俺にも妹が欲しかったなあ、とつくづく思うな。ある場面では本当はずるくは無いが俺が続けてカードをパッパッパッと進めたので実咲ったら「ずるい、ずるい」と言って笑いが絶えなかった。とても嬉しい。スピードだけだと飽きちゃうので次はブラックジャック、これは俺でも知っている。自慢にはならないか。先に実咲が親の番だ、だけど、これはテクニックじゃ無くて運そのものだよな。十番勝負で負けたら明日の海で何でも言う事を聞く。実咲が言った。ようし、こうなったら負けないぞ。俺って何で運が無いんだ。実咲ったら明日のお楽しみだって。

 実咲  「明日は何しようかな」
 俺   「うーしかたない」
     「もう一度スピードやろう」

 もう一度スピードをやる事にしたが、俺から運が逃げてしまった。ただ、やるに連れて最後の一枚で勝つ場面も多くなった。スピードは本当楽しいな。笑いが絶えない。周りでは両親が笑いながら見ている。学校の同級生でもこんな事は絶対に出来ないだろうな。何だろうな初対面なのにもう極自然に家族の様になっていた。まあ従姉妹だから家族の様なものだけど。実咲がずっと家にいてくれたらな。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み