10 実咲はいない

文字数 1,332文字

 翌日はボーッとしながら朝を迎えた。なんか気が抜けた様な、底知れない初めて味わう気分であった。朝食を食べて座敷に行こうとした時に電話台の下に何かが落ちているのに気が付いた。あれっなんだ、拾って見るとハンカチだ。それも白くて縁がレース飾りで横隅には青い花柄の刺繍がある。とても綺麗で見た事が無いハンカチだ。実咲の忘れ物に違いない。この様なハンカチは家にある筈が無いし、昨日の朝に実咲は姉の知里に電話していたから、その時にたぶん落としたんだろう。それとも、もしかしたら意図的に置いていったのだろうか。それならばどんな意味があるのか。暫くハンカチを手に眺めていた。とても複雑な思いを胸に大切に持っていようと決めた。実咲に忘れ物があるって電話をしたいが番号が分からない、昨日聞いて置けばよかったのに聞かなかった。悔いが残る。父に聞いても知らないだろうし、兄なら知里の家の電話が分かるから知里から実咲の電話を教えてくれるとは思うが。今兄もいないし、聞くべきか迷ってしまい、葛藤で堪らなくなってしまった。なんでこんな気持ちになるんだろうか、これが青春なのか。俺は家族に見られない様に直ぐ自分の机に隠した。この後ずっと持つことになる。
 
 それからは中々実咲のことを忘れる事は出来ずにいたが、学校の宿題やら自主勉などで気を紛わらしていた。お盆明けには部活があるので、久しぶりに学校に行った。いつもの様に自転車をこいで県道をサーっと進んでいて、止まっていた車の横を通り過ぎようとしたら急にドアが開いた。ほぼ全開の様でそのまま進めば間違いなく衝突して弾みでドアを飛び越して道路に落ちたであろうと思う。が俺は咄嗟にハンドルと身体を傾けた。

「ガツン」

 車のドアに自転車のペダル芯の外側が強く当たった。一瞬後の車輪が宙に浮き、フワッとした感じがした。なんとか転倒せずに走り抜けたが後ろを振り返ってみたが、運転手はこちらを見ているだけである。俺は怪我が無かったので、そのまま走り去ったが、本来は進行の妨害をされ衝突したので車の運転手は警察に届け無ければならない筈、だけど引き留めもなく更に学校経由でも連絡は無かった。自転車のペダル芯が曲がってしまい。自転車をこぐのが少し違和感があった。この分だと自動車もかなりへこんだに違いない。学校につき自転車置き場に置き矢場に向かう。
 
 日曜日になって部屋の机で勉強していて引出しを開けたらハンカチが目に入った。勉強を止めハンカチを出して実咲の事を思い出していた。ふと我に帰り、実咲との大切な十七歳の夏を記録に残そうと思い忘れない内に書き始めた。勉強は二の次になってしまった。まだ使っていないノートを出して来て実咲との思い出用にした。
 
 初めは実咲が来て夜のトランプ。翌日の海と二階での話。次の日の海と二階での出来事。トランプはお互い文句を言いながらスピードをした事。海での泳いだ事や石ころの事。オイルの件や水着の件は流石に見られたらまずいので、文章は自分だけが解る様に誤魔化して書いた。三日目の二階での出来事も同じ様に誤魔化した。実咲を送っていく事は詳細に書いた。漫画絵を入れて書いたのでノート一冊使ってしまった。
 
 俺の十七歳の夏は淡い青春だったな。
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