06 二日目

文字数 11,277文字

 実咲  「なっちゃん、海は何時」
 俺   「午前にしようか」
 父   「おい風呂だ、実咲、先に入れ」

 今日はテレビも見ずにトランプをしていたらもう九時になろうとしている。だいぶ遊んでしまった。明日実咲は海に行きたいと言っていたので午前に行こうと話をした。父は遅くなるので風呂に入れとの事だ。先に美咲が入った。髪が長いのでシャンプーは大変なんだろうな、どうゆう風に洗うんだろうと思いながら順番を待っていた。俺はやる事は無くテレビニュースを見ていたが、さっきの「ずるい」を思い出してしまい、一人笑いしそうでニュースどころでは無かった。実咲が出てきたので今度は俺の番、いやーこんな楽しいことは無いなと湯船にゆっくり浸かっていた。風呂に入ってからは別々の部屋、俺は三畳の小さな部屋で漫画を読み寛いだ。美咲は離れ二階で何をやっているのだろうか。行きたいが流石に不味いんだろうなと思いながら布団の中にいた。
 
 さて、勉強は宇宙の本を取り出して文章はそこそこに挿絵を見ながら布団に入っていた。宇宙って膨張しているって、なんて言う考え方なんだ、それなら宇宙って果てが有る事になるよね。だけど果てが有るならばその向こうはどうなっているんだろう。考えれば考えるほど頭が混乱してくる。きっと果てなんか無いに決まっていると勝手に思っている。数字の1、2、3、十、百、千、万、億、兆と同じで終わりが無いんだよ。果てよりも身近な太陽系が面白いね。地球と言う生命惑星って限りなく一つなんだろうな。宇宙広しと言えども同じ様な星の構成などあっても物質が違うだろうし、更に何億年と言われる年月での高分子化学変化なんて類を見ないんでは無いかと思うよ。科学者って何とか水の痕跡を探しているみたいだけど、地球を基準にしているのはおかしいんじゃ無いのかなあ、別の生命が有っても良さそうだけどね。他は土星の輪がいいね、何であんな風に輪が綺麗になっているんだか。金星、明けの明星、宵の明星のキラキラがいい。物質って何で出来ているのか、宇宙が無限ならば物質は無から有、有から無に変化しないとね。ホワイトホールにブラックホールだね。いやいや、空間の歪が物質なんだよ、きっとね。いや逆の方が安定するな、空間自体が歪んでいて、その歪みが力になり物質がポンって生み出される。本当かな、俺が勝手に考えているだけだ。原子も面白いよね、野球場を水素原子の大きさとすると真ん中にビー玉の核があり観客席一番上あたりをゴマ粒程度の電子がグルグルグルーって回っているみたいだし、もしかしなくても俺の身体ってスカッスカなんだ。太陽系もスカッスカだから一緒だね。さあ明日は海だから寝る事にしよう。楽しみだな。

 実咲  「なっちゃん、何時にする」
 俺   「今ご飯、三十分後でいい」
 実咲  「うん、分かった」

 朝起きたら美咲はもう起きていた。俺は夏休み中だから寝坊癖がついてしまった。それでも八時前には起きて朝ご飯を食べるが、美咲は既に食べ終わって海に行く仕度をしている。二階で見る事が出来ないから様子が分からない。多分水着に着替えているんだと思う。一緒に着替えって無理なんだよな、暫くしたら美咲が二階から降りてきた。

 俺   「明日さ、着替え一緒にしない」
 実咲  「しない」

 あっさり断られてしまった。俺も水着に着替えて、二人で海へ歩いて行く。父も兄も仕事の様で母以外は誰もいない。美咲は茶色のビキニだ、昨日のスカートといい茶色が好きな様だ。一応シャツは着ているけど、然し、眼の置き場に困るが嬉しい。こんな事初めてだけど従姉妹だしね。タオルなど持ち物を持って海に向かう。県道交差点から国道に向かう、歩いても十分もあれば家から波打ち際まで行ける。途中国道の交差点の信号機を待ち横断する。車からの視線が数え切れずに差してくるのが分かった。しょうがないじゃ無いか、実咲も俺も休みなんだ、海くらいは行きたいんだ。川沿いの小道を通って海に出る。堤防の上から見る海は気持ちが良い。波はそんなに大きくは無いし空も晴れて青い、砂浜に降りて歩くがもう砂が少し温かくなってきている、帰りには裸足では歩けないな、サンダルがあって正解だった。荷物を置いて、泳ごうとしたところ美咲がオイルを背中に塗って欲しい、昨日のトランプの約束との事。二つ返事で塗ってあげるが初めてだ。どうすれば良いか聞いてオイルを受取り指、手のひらに広げて斜め後ろから背中を塗り始めるが、実咲は座っていてストラップが邪魔になった。少し持ってずらしても良いか聞いてみた。良いとの事なのでそうしたら、ちょっと見えてしまった。この様な約束なら何回でもいいな、悪ふざけで胸の横もオイルを塗った。

 俺   「あっ、滑ってしまった」
 実咲  「もう」

 美咲は何も嫌がらずに笑ってくれた。今の時点ではお互い異性の意識はまったくしていない。従姉妹と言う潜在意識がそうさせているんだろうな。実咲はどんな感じだったんだろうか、知りたくなったが、聞いてはいけない様なことだと思った。それから

 俺   「前も塗るよ、遠慮しないで」
 実咲  「だめー、遠慮する」

 前も塗ろうかと聞いてみたら、これも断られた。恥ずかしいし、くすぐったいんだよね。実咲は自分で全身の手入れをした。女って大変なんだなって思いながらその様子を見ていた。然し昨日のトランプは負けて良かった、俺には凄いご褒美だ。それから二人で海の中、俺は背泳、時々プカプカ浮いて波が来ると波に乗り気持ち良く遊泳。岸に対して並行にしてあまり沖には行ってはいない。父も言っていたが、十メートルも沖に行けば足がつかない深さになるし離岸流がどの様に流れているか判らない。小さい頃の遠浅は最早なくなっている。たぶん、青沼岬の防波堤の影響なんだろうな、岬の海水浴場は川の土砂で砂がいっぱいになるし、港側は深くなっている。砂が流れて来ていないんだよな。海って凄いな十キロも離れている砂浜をたった十年で変えてしまうんだから。昔は良かったなあと感じつつ、だいたい胸下辺りの深さの所にいた。美咲は潜って何かを捜しているがなかなか見つからない。聞いてみると綺麗な石が無いかなって事だ。

 俺   「実咲、何捜している」
 実咲  「綺麗な石ころ」

 俺も潜って見たが無い、その代わり美咲の身体が近くに見えたので、ちょっとドキッとしてしまった。この時期は水は澄んで無くてはっきりとは見えない。それならと水からあがり波が寄せて来る所に砂利が集まっているので、その中で暫く探していたが、良い石はなかなか見つからない。小ぶりな石で白黒の花崗岩らしくて丸くツルツルしたものを見つけ実咲にあげてみた。実咲はとても喜んでくれるので俺も嬉しくなった。

 実咲  「なっちゃん、ちょっと持って」
 俺   「いいよ」

 俺は実咲の手を持ってあげて泳ぐ、両手を取り浜辺に対して平行に、俺は後退りして実咲は足をバシャバシャと。緩やかで少し大きめの波が来るとフワッとなり俺も足が浮き面白い。長い時間やっていたので元の位置からかなり離れてしまった。海から上がり少し休憩して話しをした。実咲は休みに友人や先輩達とよく海に行ってカキ氷などを頂くそうだ。だけど、ここは遊泳は出来るが観光地の海水浴場では無いので店などは全く無い。町の海水浴場なら海の家に店がある。実咲は混雑していない方がのんびり自由に出来るから、ここの方が良いのだそうだ。そんなものかなと思うが、俺は混雑している海水浴場は経験したことがないから分からない。そして、波はここの方が大きいそうだ、まあ、外海の近くだから波は大きいことは確かだし俺にとっては普通だ。ただ嵐になると半端なく大きな波になる。当たり前だよね。実咲が行く海は入江の様な場所で波はかなり小さい。ここは、ちょっと怖いけどスリルがある。今の友人や先輩達は今働いている所の人達で実咲は一番小さいのだそうだ。いつも先輩から面倒を見てもらっているから幸せとのこと。いつも海に連れて行ってくれる。

 俺   「職場には若い人っている」
 実咲  「いないなあ、ちょっと寂しい」

 俺はちょっと考えたが、実咲に仕事場に同年代の人はいるかと聞いてみた。何故かな、段々と実咲の事や周りの男性の事が気になって来たんだろうか。実咲は中学生の時に良く話しをする人はいたけど、今は会っていない。家から学校までは近くで歩いて十分くらいで近所の女友達と一緒に登校していた。今は仕事も忙しいから旧友とは会う機会が無いそうだ。夏樹は何となくホッとしている自分に気がついた。なる程な、人生って色々だよな。俺も高校卒業して大学なのか就職なのか判らないが、そうなったら同級生とは会う機会は無いんだろうな。どんどん変わっていくんだな。そうしてこの浜辺の昔の事も実咲に話してみた。俺が小さい頃の浜辺は足の踝くらいの場所がずっと続いていた。それは俺の写真で分かったんだけど、デカパン一枚をはき海の中で沖を見ているんだけど、見るからに砂浜から二十メートルはある海の中に立っていて、俺から更に十メートルは沖から撮った写真だけどね。今とは全く違う景色になっている。その時は浜辺で貝がいっぱい採れた。

 実咲  「デカパン」
 俺   「そう、こんな小さい頃で」
     「こんな大きなパンツ一枚」
 実咲  「あははは」

 後は、スピーカーなどの磁石を貰い凧糸に付けて砂浜を転がして歩くと、磁石に砂鉄がうじゃうじゃ付いて来るんだ。面白くてたくさん集めた。今でも磁石を転がせばたくさん砂鉄がくっ付いてくるよ。昼近くになると陽射しが強くなって身体が熱くなってきた。もう一度海にはいってひと泳ぎをした。実咲の手を取り足をバシャバシャバシャし始めた。そして手を少し離してみたら実咲に怒られてしまった。

 実咲  「こらー、なっちゃんたら」
 俺   「ごめん、実咲、あのね」
 実咲  「なあに」
 俺   「あっ、いや何でもない」

 なんか可愛くなっちゃったんだよね、実咲には内緒だけど。波打ち際で足を砂の中にもぐらせて捜したけど貝はいなかった。やっぱり引き潮で少し沖でないといない様だ。もうお昼の時間になる。時計など持っていなくても腹時計と太陽の位置で大体分かる。これが自然の中で生きているって事かなあ。あっ、うっかりした、腹時計はだいぶ誤差があるから持っていても正解では無い。

 俺   「実咲、お昼だから帰ろうか」
 実咲  「そうだね」
 俺   「途中のお店でお菓子を買おう」

 実咲にお昼だから帰ろうと促して荷物を持って砂浜を歩く。サンダルが砂浜にもぐり間から砂が入ってくる。熱いので早足だ、やっと堤防の所にきた。砂まみれの足を払う。そのままだと砂が擦れて足が痛い。国道に出てみたら交通量が意外に多い、いつも感じることだがトラックが多い、青沼港があるからなのかとは思う。後は乗用車、隣町に企業団地があるからだろう。皆んな会社に帰って昼ごはんかな、仕事すればお腹が空くからね。交差点で押し信号を押して待っているが、俺たち二人はかなり目立っている。再び車からの視線が突き刺さる。考えれば、ここの海で海水浴する人は滅多にいないし、若い男女だからだよね。

 俺   「なんか皆ジロジロ見ていない」
 実咲  「そういえば、海に来る時も」

 高校生のカップルとでも思っているんだろうか。俺たちは休みだし、優越感が極まりないなあ。県道の交差点の角に駄菓子屋があるので帰りにお菓子を買いに寄る。駄菓子屋のおばちゃんは実咲を見るのは初めてだから、この子はいったい誰かと聞いてきた。田舎だから新顔は直ぐ分かる。俺は従姉妹だと言って、今夏休みでこっちに遊びに来ている。小さい頃にはこっちに居たけど直ぐに遠くに引越した。おばちゃんは俺たち二人は何か似ている様だと言っていた。従姉妹だし少しは似ている筈だと思うな。単純に四分の一は遺伝子が同じだよね。この駄菓子屋は狭いが入ったところに菓子やパンが並んでいて俺はお菓子をここでいつも買っている。入って左側奥はテーブルと椅子がありカキ氷が注文できる。ちょうどお昼時だったので誰もいなかった。今日は暑いから午後になれば、誰か食べに来るんだろな。

 俺   「実咲、先にシャワーいいよ」
 実咲  「じゃあ、先に入るね」

 家に帰ってきてから庭で砂を叩き落として風呂場でシャワーを浴びる。先に実咲で次が俺。一応レディーファーストだ。実咲は二階に置いてあったバスタオルを持って風呂場へ向かう。ん、バスタオルだけ。俺はその間に庭でボール投げ、ブロック塀に軟球を投げて遊んでいる。ブロックって丁度ストライクゾーンを想定出来るからインコース、アウトコース、ハイ、ローで楽しめる。二十分くらいかな、いやもう少しかも。実咲は母家から出てきて俺の前を通り二階へ上がるが、何とバスタオル一枚。ちょっと、ちょっとドキッとしちゃうよ。

 俺   「あれーっ見えちゃうよー」
 実咲  「見ないでよー」
 俺   「近くに行っていい」
 実咲  「だめだめだめー」

 実咲はお尻に手を当てて階段を上がって行った。何なんだろう、従姉妹だから親戚、今まで会ってもいないのに。異性という感覚はまだ感じてはいなかった。ちょっと揶揄いながらも目の保養をした後で、今度は俺がシャワーの番だ。もうすっかり俺の身体は乾いている。俺のシャワーは簡単だ頭からシャワーを浴びるだけ、女とは違うから直ぐに終わる。Tシャツに短パンに着替えて海パンは洗濯だ。髪の毛をドライヤーで乾かしてから、実咲が二階から降りて来るのを待っていた。髪の毛が長いから乾かすのに時間が掛かるだろうと思っていたが、やっぱり掛かった。実咲はホットパンツにTシャツで降りてきた。もう一時を回っていたので、ご飯を一緒に食べる事にした。父母はもう食べ終わっていた。父は座敷で昼寝の一眠りだ、母はテレビを見てる。ご飯はいつもだが有り合わせの物で済ませた。一緒に食べている時に後で話をしようと言う事になり二階に行く事にした。同年代の女性の部屋って、どんな感じなんだろうか。興味津々なんだけど元が兄の部屋だからな、全く期待はしなかったが、その通りだった。

 俺   「実咲待って、飲み物買う」

 俺達は海からの帰りにお菓子を買ったんだけど、冷蔵庫には炭酸飲料があったと思ったけど無いので何か飲み物をさっきの駄菓子屋に買いに行った。近くだから直ぐに帰って来ると実咲は二階の窓からこっちを見ていた。二階からは駄菓子屋が見えるので俺が駄菓子屋に入るところも見えたんだろうな。手でも振ってみればよかったな。俺も二階に上がっていって話しを始めた。

 俺   「実咲って誕生日はいつ」
 実咲  「二月十五日だよ」

 俺は六月三日だから四ヶ月も違うんだ。学年はひとつ上で違うけど同じ年。だけど学年が違うとやっぱり違うな、俺は高校で勉強しているけど実咲は働いている。社会に出るってこんなに違うんだ。実咲は俺よりも随分大人びている。

 俺   「昨日父がさ」
     「嫁に来いって言ってたけど」
     「実咲はどうなの」
 実咲  「従兄弟だからね」

 実咲はどうしようかなって顔をしながら笑っていた。まだ十七歳だし早すぎるしね。俺は年齢が駄目だから対象が兄になるのかなあって思うが、俺でないと嫌だよな。勝手に考えていたがやはり二十歳過ぎでないと考えられないな。

 俺   「実咲、彼氏はいる」
 実咲  「いない、いない」

 中学の時もお父さんが家に居なくて男性ってよく分からない様だ。そんな感じで今までは女の中でずっと生活してきた。実咲の父は実咲が小学校二年生の時に亡くなっている。それ以来親子三人で暮らして来た。母子家庭だから色々と辛かった様で学校から帰っても一人が多かった。近所で遊ぶことはせず家の中にいて姉と母の帰りを待っていた。姉は中学の部活は運動部では無く文化部に入り、いつも早めに帰って来た。夕方姉が帰ってきたら近くの公園に連れて行ってくれて、少ない小遣いでお菓子を買ってくれたんだと。親戚は近くには誰も居なくてアパート暮らし、こっちに帰って来ようと考えたが、田舎は仕事が無いので町に留まったとの事だ。実咲の父は岬の近くが実家で結婚して実咲が二歳くらいの時に町に行った。授業参観も母は仕事で来てくれなくて小学校の時はとても寂しかった。大変だったんだ、俺の場合は母が欠かさずに中学の時は父が来てくれていたからな。実咲が小学校高学年になると知里が近くのスーパーで働く様になり金銭面はとても楽になった。そんな感じで男の人との関わりが無いので、今は付き合っている人は居ないとの事だ。

 俺   「ふーん、居ないんだ」
 実咲  「居た方が良かった」
 俺   「うっ」

 俺は返答に困って黙ってしまった。正直言って何故かほっとした気分になり、実咲の仕事の事を聞いてみた。俺も去年の夏に一度だけ土方のアルバイトをした経験があった。肉体労働だからきつかったけど、実咲はどんな仕事なんだろう。興味があった。お菓子の袋を開けてジュースをひと口飲む。お菓子はポテトチップだ、偶然だけど俺も実咲も好物で海の帰りに、絶対これと言って買って来た。

 俺   「実咲の仕事って何」
 実咲  「結婚式場で色々な準備の係」

 結婚式場を運営する会社は住込みの所があって食事も出来るので大変便利なんだと。光熱費もたくさん掛からないから少ない給料でも多少は余裕があるそうだ。今回の様に旅行をしたりショッピングなどを頻繁にしなければ大丈夫なそうだ。式は毎日ある訳ではなく、やはり大安やジューンブライドなどの時が大変だって。普段は宴会や会社の会議にも使用していて、テーブルクロスや料理を配膳したり、お茶などを出したりする仕事を先輩の指示で行っている。混んでいる時は猫の手も借りたいし、余裕がある時はのんびり出来て、午前に行った海の波の様だと。先輩は美人で凄く優しくて、いつも実咲の事を気にかけてくれる。実咲も相談などして頼りにしている。先輩はこの夏に二十歳になり近くに家があり両親と弟の四人で暮らしている。弟は今高校生らしく実咲は遠くから一回見た事があるそうだ。

 俺   「お父さんはどんな人だった」
 実咲  「とても優しかった」
     「いつも遊んでくれて」
     「お出かけが楽しかった」
     「遊園地や海水浴」

 実咲のお父さんは実咲も俺も小さい頃には、ここ俺の家によく来ていた様だが、俺も全く覚えていない。実咲のお母さんも全然知らなくて写真でしか見たことがない。その写真は今は無くて白ワンピースにファッション帽子をかぶりお嬢様って感じだった記憶がある。たぶん小学校ごろに見たと思う。何故家に写真があったのかは分からない。実咲は過去の思い出があり、今回海に行きたかったんだと想像できる。明日も海に行って良い思い出にしようと勝手に考えていた。実咲が行った浜はどんなだろう。

 俺   「実咲が行く海ってどんなとこ」
 実咲  「えーと、静か、波も小さい」

 小さく静かな海ってどんなだろう。ここは波があるのが当たり前だから想像が出来ないでいた。小さい頃は車で出掛けて一時間くらい。父の運転で海水浴場に行っていた。そこは有名な所だからあちこちからみんなが来るので凄く混雑していたのを覚えているとの事だ。砂を海水で濡らして山を造ったり、丸くボールにしたりして楽しんだ。父は大きな山を造って頂上から坂道を造り、砂ボールも造って頂上からコロコロコロって転がして遊んだ。凄く楽しくてワイワイした。お昼には母が作ったおにぎりを沢山食べた。梅干しの味も忘れられないって。
 
 今先輩と行っている海は式場から直ぐ近くの入江の海。入江だから波が静かで砂浜も沢山ある。入江の横は小高い山があり、樹木が茂っている。上には展望台があり登ると見晴らしがとても良い。海の家やお店が多くあり、カキ氷も色々な種類があって楽しめる様だ。

 実咲  「私ばっかりじゃ無くて」
     「なっちゃんの事も教えて」
 俺   「じゃあ、高校の事」

 場所はここから二キロくらい離れていて、いつもは自転車で通学している。県道を走って行くんだけど車はそんなに無いからスイスイいく。雨が降るとバスなんだけど、いつもより早く家を出ないと間に合わない。朝起きて通学準備していると雨が降ってくると、雨だ、焦って停留所に走って行くと、あと少しで、間に合ったんだけどバスが行っちゃった。仕方が無く家に戻って傘を差しながら自転車で行く。情けない。その時は朝のホームルームに間に合わないので先生から目玉。授業は中学の時より難しくなっていて、選ぶ事が出来る教科があるから意外と楽しい。例えば美術と音楽でどちらかを選ぶ、俺は美術を選んだ。中学の時音楽は苦手だったからね。美術は絵が多いかな、描くことは好きだから丁度良い。体育は二年になって新しい物があって円盤投げなどをやっている。このくらいの円盤をこうやってエイって投げるんだけど、あまり上手くいかない。あとは冬に十キロマラソンがあるので秋になると練習で学校の外へ走りに行く。速く走ると大変だからなるべく真ん中ごろにいて頑張っている振りをする。新しく古文があって漢字だけの文とかで読む方法を学んだりしている。短歌も多くでる。中学の時にも少し習った百人一首もある。短歌の折句が面白い、かきつばたの花を見て、か何とか、き何とか、つ何とかって詠むんだ。例えば実咲だと、みずのなか、さかなもおよぐ、きよいなか。なーんて。

 実咲  「へー面白い」
     「あっ、だけど清い仲かなあ」
     「ストラップを持ったりして」
 俺   「あっ、ははは」

 英語はやり方は中学の時とほぼ一緒、だけど文法とかが複雑になったから訳するのが大変。あまり得意じゃ無いから英検を考えたけど諦めた。そんな感じかなあ。学校の帰りは、近くの雑貨屋に皆で寄ってカップヌードルを買ってね、お湯を貰って食べたり、書店に寄って本をあさったりして暇をつぶす。それから帰るんだけど夏なんて七時頃まで明るいから、時には暇を弄ぶ。

 実咲  「ふーん、楽しそうだね」
     「私も高校行きたかったな」
 俺   「実咲は働いて」
     「お金があるから、羨ましいよ」
     「俺は持って無いし」
 実咲  「あとは」

 それから俺は部活の事を話した。中学の時は野球とサッカーに入っていたんだけど、ザ運動部って感じで飽きたから高校ではのんびり出来そうな弓道にした。いつだったかテレビで京都の三十三間堂の通し矢とか流鏑馬とかを見たんだけど、力は普通だから強い弓は無理で馬は怖いから乗れないが弓道だけなら俺でも出来そうだと思っていた。高校に入った時に丁度部活勧誘の時間があって立ち寄ったところ先生も若くて優しそうで説明も分かり易かったので即決で弓道部に決めた。

 実咲  「なんかね、なっちゃんらしい」
 俺   「そうかなあ」
 実咲  「そうだよ、絶対そうだよ」

 実咲に俺の性格を断定されてしまった。しかも会ってから二日しか経っていないのに、実咲は鋭い。俺は話を続けた。今は自分の弓矢を持っている。高額の弓は竹で出来ているけど、俺はお金がないからグラスファイバー製で矢もジュラルミンの物を持っている。高校の近くに専門の店があって、同じ部に入った友人達と見に行っていた。この道具が高くて父に言って買って貰ったから兄や父には頭が上がらない。一年生の初めから矢を射る事は出来ないので、弓の持つところだけと太いゴムを取り付けた物を、こう言う風に一二三引いて四で放つ。練習を沢山して先生の許可が出たら部に置いてある弓矢で、藁をギュッと束ねた物に射る練習をした。この練習で先輩達からも指導されていた。上手く出来るまで時間が掛かるけど、やってく内に自分に合ってるなって感じた。先生も若いので学校の兄的存在でいろんな話や悪戯をして楽しい。その先生の授業の時に男子皆で入口に机を置き入れない様にした。先生は退けろと怒ったけど本気じゃ無いから自分達も直ぐに分かり面白かった。授業も普通に進んで終わりに馬鹿な事はするなと釘を刺されてしまった。部員はもう三年生は出て来なくて、二年生は男だけ、女子は一年生の時に皆辞めてしまった。一年生は男女いて、二年生が一年生の面倒見ている。

 俺   「実咲は何か趣味ある」
 実咲  「やりたい事はいっぱいある」

 実咲は絵が好きなそうだ。小学校や中学の時に絵を描く時間はとても楽しかった。学校の外で写生する事は大好きでいつもそうして欲しかったって。俺も好きだったな、学校の外に行く事が好きでルンルン気分だよ。実咲は見るのも好きで写真集を買って見て楽しんでいる。後はお寺や神社かな。今はあっちこっち行けれないけど、もう少し経ったらお参りしたい。実咲の父が亡くなったからだろう。小さい頃の記憶が残っていて、そこに行けば父に会えるんじゃないのかなと俺は感じた。後は先日の花火大会の事を話した。実咲が住んでる都会の花火と違い、少ないけど町民の楽しみのひとつで、今は微かな音だけを楽しんでいる。二キロくらい離れているから家からは見えないし、浜に出れば小さく花火が見れる。

 俺   「実咲んとこの花火は」
 実咲  「バババーン、バーン、バーン」
 俺   「こっちは、バン、バン」

 そうして話をしていたら下から声がした。

 父   「おーい、ご飯だぞー」
 俺   「分かったー、実咲、行こうか」

 父に促されて夕飯だ。もうこんな時間だ、長い事話をしていたなあ。父からは何をそんなに長く話していたんだと聞かれた。実咲が、私の仕事の事とか趣味とか、なっちゃんの高校の事かな。夕飯はあいも変わらず魚と味噌汁だ。それから

 父   「どう実咲、楽しんでいるか」
 実咲  「楽しいよ、ずっといたい」
 父   「そうか、良かったな」

 今日も兄は残業でまだ帰って来ていないので父母、実咲と俺で夕飯だ。毎度の事でもう慣れてしまった。食べながら父は実咲に色々と聞いていた。実咲の母は今どうしているか、と父は実咲に聞いていた。実咲の母は家の近くに自動車工場があり父が亡くなってからもずっとそこで働いている。年も五十前だし少し大変みたい。姉も実咲も働いているので一安心したとの事だ。今は姉と一緒にのんびりと暮らしている。
 ご飯を食べてから俺と実咲はまたトランプだ。兄はまだ帰って来ていないから二人でやるスピードだ。兄がいればババ抜きなど出来て面白いが父母じゃしょうがない。座布団を用意して、早速開始だ。

 俺   「今日は負けないぞ」
 実咲  「いいもん」

 赤黒に分けて、よーい、どん。カードを切りながら素早くカードを並べて、繰り返して、お互い文句を言いながら、やった。俺は段々とやればやる程勝ちが多くなってきた。昨日は勝ち目は無かったけど今日は半分を越している。

 俺   「段々勝ってきた」
 実咲  「まだ大丈夫だよ」

 もう普通の日常になっていた。若い女性がいる家庭ってこんな明るい雰囲気になるんだ。男だけの兄弟では考えられないな、いつまでもこのままでいて欲しい。意識せずにそう考えていた筈だ。兄にも分けてあげたかったが、俺の独り占めだ、頭の中では笑いが止まらない。実咲がいつか嫁に来てくれないかなとも、無意識のうちに浮かんだり消えたりしている。明日も海だ、風呂に入って寝よう
 。
 俺は布団の中で、実咲が昨日来てからトランプをして、今日海に行って、話をして、又トランプをした事をあんな事したな、こんな事したなって記憶に留めるかの様に何回も思い出していた。忘れてしまうのが何故か怖い感じがした。そうしている内に夢の中に入っていた。
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