04 従姉妹が来る前日

文字数 4,689文字

 朝起きると父や兄達は仕事でもういない。父は浜辺の畑に行っているらしい。浜と言う事は今日はのんびりするつもりだな。近くに兄の家があるから多分上がり込み義姉にお茶を貰ったりしているな。時に昼寝をしている事もあるそうだ。小さい子供がいるから良い遊び相手だ。俺は絶対父に似ているなと思う。朝食を取り少し勉強をする。そうめんが作ってあったので人参玉ねぎ椎茸つゆに入れて食べたが、もっと肉が欲しい年頃なんだよな。絶対にいい加減に作っていると思うな。だけど美味いから内心は許してあげている。皆忙しいからな。今日の勉強は数学、図形と方程式だ。点線円は意外と面白い。πなんか少数以下の数値を暗記したりして楽しんでもいる。ベクトルなんて何に使うんだと思う。考えは分かるんだけど具体的に生活に置き換えないと意味が分からない。でもまあ試験勉強だからいいとするか。
 
 父が帰ってきたので昼食だ、朝の残りのそうめんだ。天気が良いので暑い、つゆに氷を入れて涼をとる。ツルツルツルって、あっと言う間にご馳走様だ。味わうと言うよりも腹に入れただけだ。食後は弓矢のミニチュアを作って遊んだ。煩い兄達は仕事でいないし出かける所が無いし暇なんだよね。庭に置いてあった鳥籠の竹籤と少し太い竹を割いて幅五、六ミリくらい、長さ三十センチくらいにして弓を作る。和弓のミニチュアだから手で持つ所は厚めにして先端になるほど薄くして、なるべく本物の様にナイフで削って作る。何だろうね、こんな所にも性格が出てしまう。全く我が事ながら細かい。弓弭もちゃんと作り、弦は凧糸でピーンと張って弓の出来上がり。けっこう時間がかかるが全く気になら無い。後は竹籤で矢を作る。矢羽根は残念ながら鳥の羽根が無いから紙で我慢する。矢筈の部分にボンドで固定するが使っているうちに直ぐに潰れてしまう。紙だから仕方が無い。的は全部紙、広告の良い紙があれば出来る。のりでピッタリ貼るとタンバリンの様に出来る。物を作るって楽しい、時間を忘れて没頭する事が出来る。竹籤は何故あるかって、話は簡単だ。俺が小学校の頃に兄達と山に鳥を捕まえに行き、捕まえた鳥を飼う籠だ。細竹を綺麗にしてから鳥餅をぐるぐると巻き鳥の来そうな所に置き、ジッと待つと餅に鳥がくっ付き、やったー。つまらん事で喜んでいたなあ。今となっては鳥を捕まえるなんてやらなくなってしまい、古びた籠はその辺に放ったらかし。二、三個の中から壊れた物を取り出して分解だ。朝から半日くらい掛かり的、弓矢のミニチュアを作って、四、五メートル離れたところから的を狙って射るんだけれど、意外と的に当たる。ちょっと的が大きいからね。当たるとパーンと良い音を発するので気持ちがよい。なんだかんだしていると一日なんて直ぐに終わってしまう。
 
 一日中ミニチュア弓矢で遊んでから夕食だ。兄達は仕事だから今夜も父、母と俺だ。メニューは魚の煮付けに漬物と味噌汁だ。そうめんと違い取り敢えず肉類、魚がある。魚は一匹丸ごとを五匹買ってきて鱗や内臓を取り三枚におろしてからみりん砂糖醤油でグツグツグツ。いつも父のやり方を見ているので、夜釣りした魚は自分で料理する。煮付けは俺の大好物のものだ、牛肉なんか高級過ぎてお目にかかった物では無い。あっても豚肉だ。豚肉は良くカレーに入れる。漬物は沢庵が多く、白菜の浅漬けもなんとも美味い。味噌汁は豆腐、玉ねぎ、ワカメに細ネギに白味噌が定番だ。ワカメは朝早く海に行きとって来る、拾ってくる方が正解かな。塩をまぶして冷蔵庫で保管、意外と長持ちするから毎日食べられる。今日の食卓には、出ていないが、新じゃがの小ぶりの蒸したものは塩で食べると美味い。里芋も煮付けにすると少しネバネバ感があり食感が好きだ。
 
 食べながら父に従姉妹の事を聞いたが、俺は従姉妹の母親にも従姉妹にも会ったことが無く全く分からない。父も妹の事は判るが、その子の事は小さい頃に剣見市に引越したから分からないとの事だ。その夜は明日の期待反面どんな人なんだと考えてしまう。俺が小さい頃、小学校低学年だと思うが、従姉妹の姉の方が一度来た事がある。その時の事はあまり覚えていないが、小柄な女性だったなと薄い記憶が残っている。多分冬の寒い時だと思う、コタツの中に入っていた。何を話したのかは分からないが、なんかずっとこたつにいた様な感じがしている。父の言った事には母の実家だから一度来たかったそうだ。俺はご飯を食べて、風呂に入り、ちょっと身嗜みをするかと考えて、丁寧に頭を洗い、身体もしっかりと石鹸でゴシゴシと、俺は何をやっているのか。座敷でテレビ、親が家庭ものドラマが好きなので、それに付き合って見てから寝床にもぐった。時間はまだ早いので週刊漫画を布団に持ち込み読んでから寝た。布団の中ではあれこれと考えていたが、いつの間にか眠ってしまった。
 
 朝のんびり起きて、やる事が無いので、勉強でもしておくかと、部屋から教科書やらノートやらを持ち出して、座敷に例の如く寝そべってやっていた。そのままでは疲れてしまうので胸の下に枕を置く。これが意外と便利で枕の有効活用この上ない。小学校の時の自由研究をこれにして、如何に効率良く勉強が捗るかをすれば良かったなあ。我ながらちょっと後悔もある。座敷は八畳間で東側土間には壁も無くスッキリとしている。以前は有ったが邪魔だからとってしまった。北側は建物格子作りの木戸、丸見えだけど雰囲気は良い、西側と南側はガラス戸である。開けっ放しにすれば風通しが良い。今日の勉強は古文にした。ノートを持ってきたが、本を読むだけにした。手っ取り早く枕草子、春はあけぼのだ。初めの春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて判るが、以降の文は読んでつまらない。まあもともと国語は好きでは無かったからな。小学校の先生に散々酷い目にあったからトラウマだよね。だけど、意地っ張りなところもあったから、国語の教科書の一小説二十ページを暗記して、授業中に朗読してあげた。先生は何も言わなかったが、顔がひきつっていたから子供ながら良い気味だったなあ、懐かしい。時間を持て余したから他のページをパラパラパラとめくりながら見ていた。今日の午後には従姉妹が来る。数日前に次兄からも聞いていた。
 
 俺はお昼ご飯を父母と一緒に食べた。父が言うに午後に従姉妹が遊びに来るから応対してくれとの事だ、父は野良仕事に行ってしまう。母は姪っ子が来るから嬉しいとの事だ。その後に従姉妹を迎えるべく座敷で寝転びながら週刊誌の漫画を読んでいた。この漫画は何回読んでも飽きないから不思議だ。読めば読むほど作者の意図が何となく分かり面白い。今日も読むのは確か三回目かな。外はと言えばまだ午後二時頃で陽射しがきつく庭の松は息盛んな様に見える。松と言っても人の背よりも低いのが三本、後はツツジの木があり、松葉牡丹が花壇の縁に植えられている。女っ気が無いのによくもまあ綺麗に整えられているものだ。松は父が何処からか持ってきて庭に植えて段々と大きくした物だ。ツヅジはヤマツツジの様で本家の山から貰ったとの事だ。本家は道路の斜め北側にあり。俺の家は三代前に分家して、今の所に家を建てたとの事だ。

 座敷の南側ガラス戸はどうだといった感じで開けられている、多少暑いが爽やかな風が入ってきている。週刊誌の漫画をうつ伏せで読んだり、仰向けになったりゴロゴロしていた。座敷から見える空は気持ちの良い真っ青、少しばかり雲が漂っているが大した事では無い。俺は漫画が好きで週一回の楽しみでもある。この週刊誌は近くの雑貨屋で売っているので町まで買いに行かなくて済む。俺にとっては有難いもので、たまに学校の帰りに町の書店に立ち寄って買ってくる事がある。週刊誌の楽しみの一つに懸賞があり毎週の楽しみでもある。なんて事ないクイズだけど一人で楽しんでいる。応募は出した事は無い、出してもまず当たらない、週刊誌発行数が桁外れに多く絶対皆んな応募しているに違いない。小さい頃にお菓子の懸賞応募したところ思いもかけずに当たったが今では当たらない。こんな日々が毎日だから俺ってやっぱりインドアなんだと改めても思う。
 
 今日はお盆前で部活も無く家でのんびりしていた。八月も初旬迄の活動の内数日前から親戚が来て手伝いがあるからと言いサボっていた。我ながら本当に身勝手なものだ、夏休み中の参加は自由だから来ている人はだいたい決まっていた。部活は高校に入ってから始めた弓道だ。やり始めてから一年半が経ち初段を持っているが心底打ち込めてはいない。というのも高校入学後の部活を選ぶ際になるべく楽なものが無いか物色している時に、たまたま立ち寄ったところが弓道部だっただけである。まあ安易な考えである。ただ、中学の時よりも長い部活をしているから満更でもないかと思う。日頃は矢場の砂整備、的の貼り替えや弓矢の手入をしつつ巻藁での練習をのんびりと行っている。三年生は最早部活には出てこないので二年生は我が天下そのものである。七月夏休みに入った練習では午前中に学校の矢場に行っていた。自転車で約三十分は掛かるが車は少ないので少しばかりスピードを出している。部員は中学校以来の連れと他の学区から来た者達である。教師はたまに見にくらいだから俺達はのんびりとしている。一年生の時は一番下っ端だからのんびりなんて出来ないが二年生の夏以降は楽ちんだ。やっと入部の目的を達成した。
 
 一年生の時の学校、特に体育と言ったら地獄だね。ただ走るだけの基礎体力を上げる運動が主だ、ゲームなどは全くと言って無い。学年の男子だけ集めて、ダッシュだけを二時間ぶっ通し。たまげるよ。それでも少し休めるものは校外の田舎道十キロ程度をマラソンだ、だいたい真ん中附近を一生懸命走っている様に見せかける。まあ何方にしても泣けてくるが仕方がない。体育があった次の授業ったら集中は出来ない、何故って、汗を拭いても着替えても肌着が汗で気持ち悪いったらありゃしない。それでも数学、物理や美術の時間は楽しい。古文は初めて味わう感覚があり面白い。一学期の物理の時間にレーザー光線の実験で校舎間をまたいで教諭室へ投影した時は皆んな笑ったよ。つまらない事で笑うんだよね。レーザー光線器械は電子レンジ位の大きさで、ハンディータイプが市販されるなんて想いもよらなかった。つまんないのは現国だね。文法に主体をした授業ったら全く持ってつまらない。それでも何とか二年に進級出来たから、やれやれって感じで胸を撫で下ろした。
 
 高校二年生になってからの梅雨の季節だ。朝から雨が降っていて学校に行く支度をし急いで国道のバス停に行き待っていたんだが、いっこうにバスが来ない。十五分も経ってしまって、もしかしたらバスは既に行った後なんじゃないのか。授業に間に合わなくなるので、引き返して傘に自転車で登校する事に決めた。引き返す途中あれっ紺のブレザーが来るではないか。近くに住んでいる俺の家と同じ様に本家から分家した少し遠い親戚の三年生だった。すれ違う際に引き返す俺を見て、あれって顔をしていた。俺もあれって顔で歩きながら見合っていた。彼女とは最近会ってなく久しぶりに会ったんだけど綺麗になっていて、なんかドキッとしてしまった。そんな訳で言葉が出なかった。最近の俺ってなんだろう青春なのかな。彼女との写真もある。二歳くらいかな、俺の家の庭で向かって左が俺で仲良く座って笑っている。きっと彼女は知らないだろうな。
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