第7話 「和やかになってきた食卓」

文字数 1,259文字

「それで、あの子とは上手くやってるの?」

 鼓動が速くなった。
「いや、僕は付き合ってるなんて一言も。」
「私も“付き合ってる”とは言ってないわよ?」
 母はニヤリと笑って僕の顔を覗き込んだ。
「また鎌をかけてみたんだけれど、当たりだったかしら?」
「それも心理学なの?」
 母は口元に手をやって考えた。
「これは心理学と言うより女の勘、いや母の勘ね。」
 女の人はたまにこういう事を言う。僕は非科学的なことはあまり信じないのだが、もしかしたらオスとメスの違いで、彼女らには良いオスを見分けるため僕らには無い第六感的な…まあそんなことはどうでも良い。
「女の人には超能力があるの?」
 母は小さく声を上げて優しく笑った。
「そんなこと無いわよ。さっきのは最近あなたがカッコよくなってきたから言ってみたのよ。」
 そう言って僕の頬をつつくと、母はその指を見つめながら下を向いた。
「“あの頃”は本当にごめんなさい。私どうかしてたわ。」
「いいんだ。それくらい苦しい状態だったからって理解してるよ。それに僕だって、」
 母と寝るのを悦んでしまっていたことを言いかけたが、僕は言葉を飲み込んだ。「とにかく、この話は今日限りで終わりにしよう。」
「そうね。ごめんなさい。」
「もう謝らなくていいよ。」

 少しの沈黙。

「そういえば、彼女が母さんに会いたがっていたよ。」
「あら、嬉しいわね。私はいつでも大歓迎よ。」
「でも、きつかったら無理して会わなくていいよ。」
「いいのよ。人と話すことが刺激になって楽になれることもあるし。それに、あなたの彼女がどんな子か見定めないとね。」
「姑の嫁いびりみたいなのは止めてよ。」
 母は嬉しそうに微笑んだ。
「“嫁と姑”いい響きね。」
「あ、いや、今のは例えで言っただけで。」

 後日、下校しながら隣を歩いている彼女に話しかけた。
「母も君に会いたいと言っていたよ。」
 彼女は泣いた。
「良かったわ。しかしそうなると緊張してくるわね。彼氏のお母様に挨拶するわけだから。」
 僕は母との会話を思い出していた。嫁と姑。こちらも緊張してきた。

 そして土曜日の夜、我が家の夕食に彼女を呼ぶことになった。
 僕らが一緒に玄関の前まで来たところで立ち止まると、彼女は見たことないくらい緊張していた。これからデスゲームにでも参加するかのような強張った表情で、玄関のドアを見つめていた。
「大丈夫だよ。母は僕の女版だと思ってくれれば。」
 彼女はクスリと笑って涙を流した。実際のところ僕と母は真逆のような人間だが。
「ありがとう。少し緊張がほぐれたわ。」
 彼女はゆっくりと深呼吸して、「よし。」と小さく呟いた。彼女の涙が止まっているのを確認してから一緒に我が家へ入った。

 リビングから玄関にやって来た母が彼女と顔を合わせると、なぜか2人は同時に涙を流した。僕は何が起きたのか分からなかった。
「えっと、どうして2人とも泣いているの?」
「わからないわ。ごめんなさいね。とにかく中に入って。」
 母は手で涙を拭いながら言うと、今度は僕の顔を見た。

「それに、あなたも泣いてるわよ。」
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登場人物紹介

僕。小学生の頃から心を閉ざし、人に興味を示さなくなった。

1時間おきに泣くクラスメイトの女の子。逆に普通の顔を思い出せない。

僕の母。大学で心理学の教授をしながらスクールカウンセラーもしている。40代だが若々しくて美人。

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