第1話 「泣き虫すぎる女の子」

文字数 1,304文字

 1時間おきに泣く女の子がいたとしたら、それはもう“泣き虫”という次元を遥かに超えているだろう。



 僕が小学生の時、父は肺がんを患って亡くなった。

 大好きな父親を失っても涙が出なかった僕は、非情な人間だと自分を憎み、世界から心を閉ざした。

 他人にも自分にも興味がなく、生きるのが楽しいとも辛いとも思わなかった。

 僕の母は大学で心理学の教授をしながら、そこでスクールカウンセラーも兼務している。

 何が楽しくて人の相談に乗っているのかは知らないが、とにかく僕はそんな母と2人で暮らしている。

 僕たちは父を失った悲しみを抱えながらも、なるべく明るく振る舞い、ふたりで支え合ってきた。

 そうして成長した僕は、入学した高校で、“泣き虫な女の子”と出会った。

 まずは入学式。クラス分けが発表され、皆それぞれの席についた時、同じクラスに泣いている女の子がいた。

 卒業式や入試の合格発表ならまだしも、入学式で泣く人がいるのだろうか。まあ実際ここにいるわけだから、いるんだろう。

 そもそも女の子というのはよく分からないタイミングで泣くし、関係ないプライベートの理由なのかもしれない。多少の違和感はあったものの、そこまで気に留めなかった。

 4月。周りのクラスメイトや教師は、毎日のように泣く彼女を心配し、優しく(なぐさ)めていた。

 5月。学校の人はいつまでも泣いている彼女を気味悪がり、次第に避けるようになった。

 6月。彼女へのいじめが始まった。リーダー格である女子たちが、彼女を泣かせようと悪口を言ったり、カバンの中身をバラまいたりした。

 いじめを見て何もしなかった僕も共犯者なわけであるが、そんなことを言いだしたらキリがない。

 とにかく、彼女がいじめられている様子を見て、僕の違和感はさらに強まった。あれだけ泣き虫な彼女が、いじめを受けている最中は一滴の涙も流さないのだ。

 今こそ“泣くべき時”ではないのか? 彼女は泣くのを我慢しているといった様子でもない。それどころか、手が赤くなったいじめっ子の心配すらしていた。彼女らは再び気味悪がり、その子には構わなくなった。

 7月。ついに彼女は全員から無視されて完全な“空気”になっていた。皆が彼女から興味を失うのと反比例して、僕は彼女への興味が増していった。

 (かげ)から一方的に彼女のことを見ているわけだから、僕はストーカーなのかもしれない。ただ僕は、“全く泣けない自分”とは真逆な彼女のことが知りたくて仕方なかったのだ。

 観察してみて気づいたのだが、驚くべきことに、彼女は1時間に1回は泣いている。理由はよくわからない。

 百歩譲って、国語の物語に感動したり、社会で悲しい事件に心を痛めるのなら分からなくもない。ところが、彼女は全ての授業で―――昼休みや掃除の時間にも1人で泣いていた。

 僕は授業もろくに聞かず彼女のことを考えるようになっていた。

 あれだけ泣いたら体中の水分が無くなってしまうのではないか。彼女は1時間毎に泣いてしまう病気なのだろうか。

 考えている内に、“泣くとは何か”と哲学的な考えにまで辿(たど)り着いていた。

 その日の夜、僕は夕食を取りながら、心理学者の母にさりげなく尋ねてみた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

僕。小学生の頃から心を閉ざし、人に興味を示さなくなった。

1時間おきに泣くクラスメイトの女の子。逆に普通の顔を思い出せない。

僕の母。大学で心理学の教授をしながらスクールカウンセラーもしている。40代だが若々しくて美人。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み