第1話 「異常なほど泣く女の子」

文字数 1,503文字

 1時間おきに泣く女の子がいたとしたら、それはもう“泣き虫”という次元を遥かに超えているだろう。


 僕が小学生の時に、父は肺がんを患って死んだ。大好きな父親を失ったにも関わらず一滴の涙も出なかった僕は、自分を最低な人間だと思うようになった。命の儚さと失うことの悲しみを知り、非情な人間である己を憎んだ僕は心を閉ざすようになった。

 母の方は国立大学で心理学の教授をしながら、同じ大学のスクールカウンセラーも兼務している。息子の自分が言うのもなんだが、母は40歳を過ぎた今も女優並みに若々しく綺麗で、きっと大学でも人気の教授になっているだろう。母と会うのが目的でカウンセリングを受けに来る学生もいるかもしれない。
 何が楽しくて人の相談に乗ったり心を研究しているのかは知らないが、とにかく僕はそんな母と2人で暮らしている。

 僕は近所にある普通の高校に入学した。本当は高校なんて行っても行かなくても良かったのだが、たった1人の家族である母が少しでも喜ぶならと思い、とりあえず進学することにした。
 そこで僕は“泣き虫というレベルを遥かに超えた女の子”と出会った。

 高校の入学式。クラス分けが発表されて皆それぞれの席についた時、同じクラスに泣いている女の子がいた。卒業式や入試の合格発表ならまだしも、入学式で泣く人がいるのだろうか。まあ実際ここにいるわけだから、いるんだろう。
 そもそも女の子というのはよく分からないタイミングで泣く生き物だし、もしかすると関係ないプライベートの理由かもしれない。多少の違和感はあったものの、僕はそこまで気に留めなかった。

 4月。周りのクラスメイトや教師は、毎日のように泣く彼女を心配して慰めていた。

 5月。クラスメイトや教師は、いつまでも泣いている彼女を気味悪がって避けるようになった。

 6月。彼女へのいじめが始まった。クラスのリーダー格である女子達が、彼女を泣かせようと顔を叩いたり髪を引っ張ったり、カバンの中身をバラまいたりしていた。
 いじめを見て何もしなかった僕も共犯者なわけであるが、別に構わない。そんなことを言い始めたら他のクラスメイトや教師も同じだ。そもそも人類みな何かしらの共犯者だ。
 彼女がいじめられている様子を見て、僕の違和感は明確なものとなった。あれだけ泣き虫な彼女が、いじめを受けている最中は一切泣いていないのだ。今こそ“泣くべき時”ではないのか。彼女は泣くのを我慢しているといった様子でもなかった。それどころか、自分の顔を叩いて手が赤くなったいじめっ子の心配すらしていた。いじめっ子達は再び彼女を気味悪がり、いじめるのにも飽きると構わなくなっていった。

 7月。ついに彼女は全員から無視されて完全な“空気”になっていた。皆が彼女から興味を失うのと反比例して、僕は彼女への興味が増していった。

 陰から一方的に彼女のことを見ているわけだから、僕はストーカーということになるだろう。ただ僕は、“全く泣かない自分”とは完全に真逆な彼女のことが知りたくて仕方がなかったのだ。
 観察してみて気がついたのだが、驚くべきことに彼女は1時間に1回は必ず泣いている。理由はよくわからない。百歩譲って国語の物語に感動したり、社会で悲しい事件に心を痛めるとかなら分からなくもない。ところが彼女は全ての授業で、さらには昼休みや掃除の時間にも1人で泣いていた。

 僕は授業もろくに聞かず彼女のことを考えるようになっていた。
 あれだけ泣いたら体中の水分が無くなってしまうのではないか。彼女は1時間毎に泣いてしまう病気なのだろうか。
 僕は夕食を取りながら、泣くことについて心理学者の母に尋ねてみた。
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登場人物紹介

僕。小学生の頃から心を閉ざし、人に興味を示さなくなった。

1時間おきに泣くクラスメイトの女の子。逆に普通の顔を思い出せない。

僕の母。大学で心理学の教授をしながらスクールカウンセラーもしている。40代だが若々しくて美人。

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