第4話 「その場の勢い」

文字数 1,489文字

 やはり彼女の泣き顔が可愛くて、しばらく見惚れていた。そんな僕に気づいた彼女が小さく手を振りながらこちらにやって来た。
「一緒に帰りましょう?」
 そうして僕らは並んで歩き始めた。
「ねえ、また私が可愛くて見つめていたの?」
 僕が下を向いて何も言えずにいると、彼女はクスリと笑って頬をつついた。

「君は猫を撫でながら何を考えていたの?」
 彼女は空を見上げて、猫を撫でる仕草をしながら記憶を辿った。
「“私に構ってくれてありがとう”とか、“この子達が元気に暮らせますように”とか、そんな感じかな。」
 いい子すぎるとは思うが、そこまで偏った理由で泣いている訳でもないように思えた。

「私ね、一人暮らしだから色々と料理を覚えたのよ。」
「一人暮らしなんだね。」
「そう。初めは祖父母と暮らしていたんだけど、私がいつまでも泣いているから気味悪がって追い出されたの。お金だけは口座に振り込んでもらって、1人で生活してるのよ。」
「ごめん。」
「何であなたが謝るのよ。」
 また頬をつつかれた。彼女が過剰に謝っていた気持ちも分かる気がする。
「それでね。私の中ではハンバーグが1番得意なんだけど、もし良ければ今から家に食べに来ない?」
 一気に鼓動が速くなった。僕は今、女の子の家に誘われている。だが何と答えればいいんだ。頭が混乱しているうちに時間が経っていた。
「やっぱり急だし用事があったかな?」
「いや、用事はないんだけど。」
 僕の赤らんだ顔に気づいた彼女は、からかうようにこちらの目を覗き込んだ。
「女の子の家に行くのが初めてとか?」
「うん。」
「それで、いやらしいこと考えてたんでしょう?」
「考えてないよ。」
 “いやらしい期待”は幸いにも当たり、彼女の家のシングルベッドで僕らは愛し合った。彼女の振る舞いから、おそらく向こうも初めてのように見えた。いつの間にか最中の彼女が泣いていたので、僕は心配になり声をかけた。
「ごめん、痛かったかな。」
 彼女は小さく首を横に振った。
「こうしてあなたと繫がっていることが嬉しいのよ。」
 そう言って彼女は僕の顔を引き寄せて口づけした。そこから僕達はさらに激しくお互いを求め合った。
 終わった後。ベッドの上に2人並んで横たわっていると、彼女が天井を見ながら言った。
「付き合う前に こういう事するのって良くないのかな?」
「そんなのは本人達が決めればいいことだよ。」
 こうして僕らは交際することになった。

 その日は母の顔を見れなかった。勘のいい母のことだから僕の変化には気づいているだろうが、気を遣っているのか何も言ってこなかった。
 僕らは一緒に学校から帰ったり、近所を散歩したり、彼女の家で体を重ねたりして日々を過ごした。

 ある日。ベッドの上に並んで横になっていると、彼女は僕の腕に顔をうずめて泣き始めた。僕は基本的に涙の理由を聞かなくなっていた。
「両親が亡くなった時に私が泣けなかった理由は、あなたのお母さんが言った通りだと気づいたわ。私は両親の死という現実を受け入れられなかった。そして泣けなかったことに罪の意識を覚えて、無意識に“泣かなければいけない”という罰を自分に課した。多分そんな感じよ。」
 彼女は今までで1番激しく声を上げて泣いた。彼女が泣き止んで眠るまで、僕は頭を撫で続けた。

 数日後の夜。母は疲れた様子で食卓のイスに座っていた。そんな姿はめったに見ないので、僕は心配になり声をかけた?
「具合でも悪い?」
「いえ、大丈夫よ。」
「今日は僕が夕食を作るよ。」
「ありがとう。」
 そうして2人で食事を済ませた後、並んでソファーに座りながらテレビを見ていると、母が急に泣き始めた。


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登場人物紹介

僕。小学生の頃から心を閉ざし、人に興味を示さなくなった。

1時間おきに泣くクラスメイトの女の子。逆に普通の顔を思い出せない。

僕の母。大学で心理学の教授をしながらスクールカウンセラーもしている。40代だが若々しくて美人。

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