思い出の店

文字数 1,501文字

定期賃貸借契約
……契約期間の満了により賃貸借が終了する契約(満了後も賃貸借を希望する場合は再契約になり、大きく賃料が上がる可能性がある)

中田健吾はこの契約でビルの一階にある店舗を借りて、家族経営の飲食店を営んでおり、更新の期間が迫っていた。昨今の地価の上昇で賃料が高騰しており、再契約では賃料が現在の10倍になっていた。

「なんとか賃料をまけていただけませんか?」

と大家のところに行って交渉してみたが、

「ダメダメ、借りたい人はほかにもいるんだから。契約に納得できないんなら他の店舗を借りたらいいじゃないですか?」

と断られてしまった。

"うちの店舗を訪れることを楽しみにしている馴染みのお客様もできて、経営もうまく行っている。なにより家族がこの店舗で店を運営するのに生き甲斐を持っている。だからこの店舗で営業を続けたいのに。大家の守銭奴め。そこまで賃料を高額にしなくてもいいじゃないか"

と考えながら、帰り道、徒歩で商店街を通っていると

"時(人生)買います。"

という札のある屋台が目にはいったので、覗いてみることにした。

「いらっしゃいませ。この店はあなたの時(人生)・健康を売ってそれに見合った、契約・もの・こと(体験)が手に入る店だよ。」

と店員がいったので、

"今回の再契約が結べたとしても、また今度の再契約の際にこの店舗を維持できる保証はない。だからあの契約しているビルをまるごと自分のものにする必要がある"

と考えた健吾は

「時間と、健康を売って、私の飲食店が一階にあるビルをまるごと買うことは可能ですか?」

というと

「売れるような時間はほとんどないのだから、健康って、いっても命をもらうことになるけどそれでもいいかい?」

と店員にいわれたが、

「家族との思い出がつまっている店を守銭奴にとられるわけにいかない。命を失っても構いわないので契約します。」

と健吾は即答した。

「この契約書にサインして、契約してもらうんだけど、命をかけたとしても契約後すぐに死ぬ訳じゃないよ。この契約が果たされているとあなたが、確認してしばらくまでは生きていることにさせてもらっているよ。こちらが約束を破ったと思われても困るからねぇ。」

と店員がいい、契約書を出してきた。

健吾がサインすると、自分が店の厨房で心臓を押さえてうずくまっているのに気付いた。


"ああ、死ぬ契約だもんな。だが店舗はどうなった…"

と思っていたところに

「お父さん大丈夫?いま救急車よんだからね。」

と妻と息子が助けにきて、叫んだ。

「それよりこの店の契約更新はどうなった?」

健吾が尋ねると、

「なにいっているのこのビルはあなたのものになったでしょ」

と妻がいったのを聞いて

"契約通りビルは自分のものになっている。やったぞ!!守銭奴から店を守ったんだ"

と救急車に担ぎ込まれながら思っていると、

「お父さんが倒れて店が続けられたくなってもビルの家賃収入で楽勝で生活できるよね。」

「そうね。むしろ店を苦労して続けるより、やめたほうが家計的にはいいくらいよ。それなのにお父さんがたら全然辞めようとしなかったし……。近々、他の階を貸しだす予定なんだけど、賃料は私たちが借りていた賃料の20倍でも入りたいようだしそれで契約しましょう。」

と息子と妻の会話が耳に入ってきた

"守銭奴から守ろうと命を犠牲にして手に入れた店が逆に家族を守銭奴にしてしまったじゃないか"

と死の直前に後悔した健吾が最後に聞いたのは

「やっぱり世の中、金だよねぇ。」

「そうだよねぇ。」

というと妻と息子の笑い声だったそうな。





設定の誤りがありましたので、2024年3月3日公開時から修正させて頂きました。
大変申し訳ありませんでした。



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