当落線上のアリア

文字数 1,125文字

「ここで試合終了のホイッスル。サッカー男子、オリンピック前の最後の国際親善試合は0対0の引き分けとなりました。」

TVの実況担当者がそう実況した時、ピッチの上の佐野葵はうなだれていた。

最近のプロリーグでの活躍が認められ、代表に召集されたのだが、新参者のためパスが回ってこない上に、出場時間もとても限られている。また、当落線上の人間ばかりが集まったチームのため、自分をアピールしようとするものばかりで、

「下手くその新参者が生意気だ」

などといわれ、チーム内での居心地は最悪だった。

「この試合に呼ばれていない選手も含めてのオリンピック代表選考となるが、これから自分の所属クラブでの活躍によって、選ばれる選手が決まってくるので、所属クラブで自分のよさを存分に発揮して活躍することを期待しています。」

監督が解散前に言っていたが、親善試合で結果を残せなかった葵にとって、選考されることがとても厳しくなったことは自分でもわかっていた。

"残り時間5分間だけの出場でどう自分をアピールしろって言うんだ。選考の当落線上にいる俺はとにかく得点をとって明確な形で自分の実力をアピールしたかったのに。"

と思いながら、自分の家に帰る途中の商店街を通っていると、

"時(人生)買います"

と書かれた札の着いた、今まで見たことがなかった屋台があることに気付いたので、なんとなく覗いて見ると店員が

「いらっしゃい。ここはあなたの時(人生)・健康を売って、それに見合った契約・もの・こと(経験)が手に入る店だよ。」

と言ったので葵は

「俺はスポーツ選手で、オリンピックの選考の当落線上にいるのだが、2ヶ月後のオリンピックの代表に選考されるにはどれぐらいの犠牲を払えばよいものだろうか?」

と尋ねると、店員が

「あなたはすでに当落線上にいるんだから今からオリンピックまでの2ヶ月間の時を売っていただければそれでOKですよ。しかしながら、その売ってしまった2ヶ月間の思い出は何にも残らなくなってしまいますよ。」

と言ったのを聞いて葵はハッとして

"俺は選考されるという結果だけを求めてサッカーをやっている訳じゃない。試合でのピリピリした緊張感、期待してくれるサポーターの声援、罵声を浴びせたり悪口や批判をSNS等でしてくる輩とのバトル、得点の瞬間の感動、敗北時の落胆、喜怒哀楽・プラスマイナスいろいろな感情がたまらないからやっている。それを味あわないのはつまらねぇな"

と思いこう言って断った。

「わりぃけど、人生を売るのはなかったことにしてください。自分の努力で選考されるようにがんばります。」

葵が2ヶ月後選考されるかどうかはわかりません。ただ、葵の悪魔的に痺れる選考までの2ヶ月間がこのとき確約されたのでした。













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