第2話 カントクと監督と探偵の素性

文字数 2,315文字

 口にした「行きましょう!」の言葉に立花もんんん? と立ち止まる。表情をころころと変える一回り以上下の助手。
 だが。探偵賽河カントクの表情は一律と変わることのない笑みを浮かべている。

「さて。殺されてしまった憐れな女よ」

『ァ……ア、ァア……ぅうう』

 賽河により寄せられた新鮮な魂の線は立体的に顔を浮かべて赤い涙を流す。

「憎いよなァ。そりゃあ、……(なっ)ちまったにしても納得なんか出来やしねえってもんだわな」

 歩行補助のT字杖を地面に叩き突いた。
「!? カン、と――」
 賽河の行為にはっと立花も彼へと視線を向けた。バクバクと高鳴る胸中。耳の鼓膜に大きく鳴り響く音が堪らなく煩く、現実(リアル)なんだと状況を報せる。

「まずはどこにいるのかを教えてくれるよな?」

 立体的に広がった表情が瞬く間に大きくと膨れ上がる。立花にはTVの番組でよく見かけたことのある罰ゲームのように視えて、ひゅっと喉も鳴ってしまう。
 まって待って待ってっ!と。
 このままだと、と。

 想像は誰でもつくだろう。

 はァっはァっはァっ! と立花の呼吸も次第に早いものになってしまう。
 夜明け間もない交通の便も少ない程度でないというものではない。しかし、今いる路地には人通りは0だ。
 こん場所で雄叫びも声を荒げるような真似以前に、賽河の横で騒ぎ立てる訳にもいかない。ガクガクと膝も嗤い出す始末だ。
 普段の怪異事件なんかよりも余程に寝暗く重い空気に重圧。
 賽河も、今の状況の説明など、怪異事件のときよりも口数も少なく、立花に一切の説明などもない。不満of不満。不誠実とさえ思うのだが。怒りや口を挟むなどの野暮のことが現時点で立花には敵わない事態である。立花は呼吸を懸命に整えた。
「っか、んとく。っこ、ここここッ」
「っし」
「ふぁあ!?」
 困惑の想像絶する事態に立花の口からは言葉にもならない、情けない息だけが漏れてしまう。
「この魂の帯をしっかり掴んで」
「! ふぁぃいい!」
 賽河がどこからか掴んだ周りに浮く沢山の魂の帯の一つを立花に持たせた。ようやく得られた命綱を立花もしっかりと指先に力を込めて掴む。
 
「溢れたものに押し流されようにね」

「っあっふぅうう??」

 賽河の言葉に聞き返すよりも数秒遅く。
 立花は彼が言った言葉を理解することになる。

 バン! と鈍くも大きな破裂音と同時に真っ赤な液体(モノ)が中から溢れ出したからだ。瞬きすらも叶わないくらいに激流だ。大昔であるが、立花が幼稚園児だった頃の話し、一度、海水浴で親が少し目を離してしまった隙に溺れてしまったことが、何故か、立花は今の今とて夢で見る程に鮮明に覚えている。悪いことに。状況が今の瞬間と今が同期をし脳がバクってしまった。何かがフラッシュバックをするのが瞼の裏に浮かび上がる。

『こんな時間に何よ』
『時間なんか関係ないだろう。お前は、この時間にしか家にいないんだからな』
『それで。要件な何? あたし、眠いのよね。分かるでしょう? あたおかメタボ親父(カモ)たち相手にして来て、閉店作業からのお店を閉めて来たばかりで、……もう歳も歳だし、いつまでも若くなんかもないし。どうせなら休みの日とか、違うわね。はァ、ああ、眠いったら! 本当に帰って頂戴ッ!』
『誰に命令してんだッ! ブス!』

 バン! と頬に強い衝撃が起こる。
 衝撃で目も閉じられなかった瞳孔も開いたままだった立花の目が瞬きを数回とさせた。
 立花の歩んだ今の人生にない記憶だ。
 じん、と頬もかなり痛い。親にぶたれたこともあったが、何十万倍と越えた激痛に涙よりも恐怖を覚えた。
 言葉を超越する態度を味わった覚えもない。

 真っ赤な液体が辺り一面を飲み込んだ。
 地獄の海の絵図。中に溺れるような恰好で立花と賽河は潜ってしまっている状態だが。賽河の表情も赤い中でくみ取れないものの、口許は吊り上がっていて――怪異事件を扱っている探偵(カントク)の姿。

「しおり君。サーフィンをしたことはあるかな?」
「ぁ、りますっっっっ!」
「じゃあ、その要領でついておいでよ」
「! ぇ、うぇええ??」
「こうだよ」と賽河は掴んだ魂の布の上に器用にも乗り上げた。置いて行かれると立花も見様見真似で布の上に立ったがあまりの不安定さに身体もふらふらとなってしまい、賽河が言ったようにサーフィンの要領で腰を曲げて似て非なる猿真似を披露する。
 先端の布の箇所を掴み勢いよく赤い液体の中を魚のように、重力を無視するかのように勢いよく泳ぎ出すのを目視した立花も後ろから猛追する。
「カントクぅうう! 待ってくださいぃいい!」
 これは現実なのか。朝方の白昼夢か何かなのか。
 尋常ではない、尋常ではない、尋常であってたまるかッ! と立花も必死に喰らいつく。頬がじんじんと痛みが引かないどころか増すことが現実を叩きつけられている格好だ。

 探偵賽河湊――二つ名は《カントク》

 同期で刑事でもある腐れ縁の岸辺伯雄に立花は聞いたことがあった。興味があった。助手をするなら確かめたいと思ったが、それこそ賽河本人に聞くよりも周りに聞いた方がいいと思い、
『岸辺さん。カントクが探偵なのに監督って、どういう意味合いなんですか? ご存知ですよね』
 ぶぶぶっ! と飲んでいた栄養ドリンクを思いっきり噴き出したときの動揺を見たとき、立花は自身の無知ぶりに穴にも入りたい気持ちにもなった。聞かれた方は『ドリンクが、結構高いのを買ったのになぁ』と立花の無知を責めることはなかった。
 岸辺が真っ直ぐに彼女を見据えた。真剣な甘い面持ち(マスク)が突然に耳元で囁かれる、注がれる吐息に全身がくすぐったくも揺れた。

『監督の生業の意味を調べなよ』
 
「監督とは、……って! 聞く相手を間違えたぁああ!」
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