第3話 探偵は命綱に屈する

文字数 1,351文字

 辺りは騒然をし従業員たちや野次馬たちが集まっていた。野次馬に至っては、今どきながら非常識な行いである携帯撮影をしている始末の悪さだ。
「なん、なんだってんだよ」
 場所は黄門〇ゃま。若い男が椅子と椅子の間に挟まり落ちていた。横にあったであろうアクリル板も当たった衝撃で一緒に落ちたのか男の上に乗っかっている。さらに紙カップが男とは反対方向に転がっている。中身は絨毯に吸い込まれたのか沁みとなっている。
「ぁ」
 賽河は小さな声を漏らし口先を抑えた。ドリンクホルダーに在った置き主不明の飲み物。ひょっとしたらではなく間違いなく中身には毒が混ぜられていたに違いない。とは思うのだが。
「営業外。営業外」
 筐体に戻り椅子に深く腰かけるとバーを打ち始めるのだった。左手の青年も右手の青年も殺人現場をちらちらとスロットどこではなくなっている。そして携帯に打ち込みをしている。SNSか。それとも家族や友人にか。だが賽河には関係がない。目先の錬金術が優先だ。
(毒殺。余程、誰かに恨みをかってたのか。しかし、ここでスロをやってるなんてのは近い関係じゃねぇと知る訳がない。それも今日、パチ屋に居るって確かな情報を握っていねぇと飲み物の差し入れなんか出来るはずもねぇ)
 悶々として打っている為か楽しい時間が面白くもない。折角のATだというのにもういいとすら思う始末だ。この筐体から他にズレようと賽河は気分のリセットをしょうとした。丁度よくもATも終わった。杖を持ち立ち上がった賽河だったのだが。

「あー~~! カントクじゃないっすかぁ!」

「!」ぎくりと賽河も思わず肩をビクつかせバツの悪そうな表情を超えの先へと向けた。
「根岸君、じゃないか」
「いやぁ~~本当に偶然っすねぇー」
 馴れ馴れしい口ぶりで賽河に話しかけるのは若手の警官・根岸虎太郎。彼とは賽河の父親で刑事・賽河南との濃密な追い駆けもあり顔見知りだ。更生した根岸の目標は南を超える刑事になることである。
「迷宮入りしないで済んでよかったっす! さ、さささ! 推理をオネシャス!」
 今のところ、その目標は叶う見込みは低いと言わざるを得ない。
「する訳がねぇだろう」
 低い口調で賽河を言い返せば根岸も目を細めた。
「マジっすか? しないっすか!?」
「するか」
 改めて言い捨てた賽河に根岸は携帯を取り出した。何をするつもりかも興味がない賽河はとりあえず場から離れようと身体を翻して歩き出した。

「親父さんに電話してもいいっすかぁああ!」

 伝家の宝刀。最大奥義の密告(チクリ)。タレコミとも言う愚行。賽河も立ち止まる。父親の南とは仲は悪くもないがよくもない。職を辞めて趣味のような私立探偵になった長男をよく思ってはいないが仕送りをしてくれる。かなりの額を。お年玉すらもくれる。ここ数年は話してもいなければ顔も合わせていない父親は賽河にとっての生活面での命綱だ。絶たれては生きてはいけない。助手の立花がまた倒れてしまいかねない。
「する」
「はぁ~~あ? 聞こえないっすねぇ?」
「させていただきますよ! はいはい! あんたの勝ちよ!」
 涙目で根岸を見れば手を握ってガッツポーズをしている。
「じゃ。オネシャスw」
 はぁ、と賽河はため息を吐いて倒れたままの被害者の傍に駆け寄る。

「根岸君。これは毒殺による事件(ヤマ)だ」
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