第6話 生霊が導く犯人

文字数 3,611文字

 記者C)カントクさんが出した犯人の《生霊》はその場にいるどんな(パチカス)も目に出来たらしいですよね。SNSやネットで撮影した方々に取材しましたが、全員が「はい」でした。映らなかったが確かに在った《生霊》の後ろからカントクさんと警官や殺人課の刑事。さらには遊戯していた客たちもブレーメンのように、大きな(カブ)の野次馬のようについて行った。ですね? 五十嵐さん。何か違うのでしたら訂正をお願い出来ますか?

「いいえ。何も訂正することは」

 賽河が出した《生霊》が歩き出しゆっくりと進んだ。辺りは騒然と興奮。恐怖に慄いた客たちは顔面蒼白と魅入っていた。顔に表情を何も出さない賽河は鐘を鳴らし続け一緒に歩き出した。音はパチンコ店内部の騒音で搔き消されているのだが鼓膜に響くという不可解な状況だった。現象は、その場にいる全員に起こっていた。根岸も飄々とした表情で、岸辺も笑顔で後に続いた。毒殺事件の顛末に興味沸いたといった、意を決したかのような客たちも固唾を飲んだ表情をしてついて行った。横目で岸辺もため息を吐くと立ち止まり翻ったかと思えば口を開いた。
「あんなぁ? 携帯で撮影してる(ヤッコ)さん方。《生霊(コレ)は映らねぇぞw お前たちのこの先の人生でこんな超常現象(アトラクション)なんか一生ねぇだろうからきっちり、その目に焼き付けな! あとは捜査の邪魔立てしやがったら逮捕だかんな? それでもいいっつぅならついて来い。野次馬共がw」
 中指を立てたかと思えば、くいっと真っ直ぐ前に折って野次馬化した客たち連中へと指示をする。AT中や確定中、ハマっている筐体の客たちが強張った表情で、それでも先を、結末を知りたいと意を決した堅い表情で岸辺の後ろをぞろぞろと歩き進んで行く。傍から見れば異様な光景だ。毒殺事件を知らない他の客たちもぎょっと、異様なブレーメン行列を二度見、三度見と得体の知れないものを見据えた。そして従業員(スタッフ)に聞くが答えを濁らせられ眉間にしわを寄せるまでがセットだった。納得のいない客たちは携帯でSNSやネットで状況を確認し、さらに後ろを歩いた。本来の日常ではあり得ない現実離れしたおとぎ話の中のような、はたまたと映画や小説の中でしか起こらないはずの異様な光景だ。10人や20人どころではない。暇を持て余した客たちが興味本位で40人以上がゲルマン民族の移動のように賽河を先導に進んでいる。決して狭くもないホールの通路が埋まる。新作の携帯販売日や福袋販売かのような大人数。おしくらまんじゅうとはいかないが、間隔を空けて行儀もよく後ろに続いている。
 そんな異様なブレーメン行列を根岸も振り返り帽子を脱いで頭を掻いた。参ったなぁと困った表情が見据える先に最後尾が見えない。本来なら根岸たちが散らさなければならないのだが、折角とやる気の出した賽河の邪魔になる真似も出来ない。何も視なかったふりをしれしまえば事件は解決をする。目を瞑ればいいだけだ。
 ただ一抹の不安が根岸にはあった。このブレーメン行列に犯人がいないことは《生霊》の歩き方と方向からないとは分かる。だからこそ、異様な状況がパチンコ店に残っているかもしれない犯人が知ればどうなるのか。
 不安と疑問を岸辺に吐露する。
「犯人にバレないっすかねぇ」
 強張る表情の根岸に岸辺も素っ気なく肩を竦ませ短く応えた。
「さぁ」
 人目がつけばつくほどに犯人にも情報が行く恐れがあった。知られれば逃げてしまう可能性がある。捜査にしては賑やか過ぎる訳だ。それは岸辺とて理解している。だが状況は解散も難しい。何故ならついて来る客たちも《生霊》の先にいる人間。彼らのモヤモヤも気になる気持ちなんかも、なり得てしまうからだ。
《生霊》なんかに。増えてしまうような行為は避けなければならない。今の賽河の邪魔なんて無粋な真似をしてはならない。だからこそ、最初に条件を伝えて後ろからついて来る許可を出した訳だ。戸惑う根岸同様に岸辺も多くなり過ぎた野次馬に頭痛がする。

 記者A)その後、《生霊》は駐車場に出て、犯人の車まで歩いてまた店舗の中に戻った。つまり。変装を車内で解いたということですか、根岸巡査(サン)。どうして逃げることも出来たのに中に戻ったとお思いですか? 憶測でもいいので根岸巡査の考えをお願いします。

「嘘でも憶測では言えないっす。まぁ。殺人を犯す人間の気持ちなんか、おいらは理解もしたくはないっすね。どんな気持ちにしても、やっていいことも悪いことも分からないなら、相手の命の重さもなんかなおのこと分かりもしないでしょうっすね。自己中は()ぜろ! って感じっすねw 殺すくらいなら自分で勝手に死んでろって思うっす。でもっす。カントクはどんな怪異の言葉も訊くし、優しく《あの世へ》と導くっす。まぁ、生きた人間が苦手だから怪異には気楽に話せるみたいっすけどw 普通は逆っすよね。でも。カントクの能力は生きていても死んでいたとしても有効に使えるっす。カントクのやる気次第なんっすけど」

 変装を解き中に戻った犯人はパチンココーナーの必殺仕〇人で打っていた。

「!?」

 自身の《生霊》が目の前に現れ、賽河たちを見た瞬間。出ていたパチンコ玉が入ったドル箱を投げつけ一目散に逃げようとしたが、ガン! と賽河の杖が足の(クルブシ)押し込まれ足が(モツ)れてしまい、その場に勢いよく顔面から転がった。岸辺が根岸と賽河を押し退け膝を折り犯人へと吐き捨てた。
「逮捕だ。くそ野郎」
 犯人の正体は男だった。服を厚着にしたのは身体の厚みを隠す為。長いウエッグの髪を被ったにはもちろん女に見せる為。喉にスカーフを巻いたのは喉仏(ノドボトケ)を隠す為。しかし、ここで犯人である男の彼は、一点だけ失敗をしていた。
 事件の顛末も男の思い込みからの凶行に過ぎなかった。殺害した男に元カノを奪われたと思い込み、安易にも失望から殺意を抱き計画を実行をするに至った。入念に殺人の計画を立てた。どんな苦しみを与えるか、そのとき彼女はきっと自身に泣きつき相談をして来る。その時がチャンス、と笑顔を浮かべてネットの裏サイトを検索してとある筋の経路からいい値で毒物を購入した。大金を失っても得るものがあると男は信じて疑わなかった。
 実際に毒物混入で殺害された男の正体は元カノの従兄で、犯人である男と別れたいとの相談から彼氏役を引き受けただけで、元カノには彼氏などいなかった。
 別れたかった原因は暴力DVと束縛、それでいて自身が負ったギャンブルの返済金の強要した罪の自業自得(スリーアウト)
 ガチャン! と岸辺の手錠(ワッパ)が男の手首を絞めつけた。

「ぁ、あ……ぁあっ!」

 大粒の涙と鼻水が男の顔を汚していく。

 ガン! と賽河は男の背中を杖で強く踏んだ。

「っぐぁ!」

 そして杖を回して宙へと浮かした先端を勢いよくと男の頭へ目掛けて降ろした。しかし、その行為は岸辺の掌の中に抑え込まれて止まり、事なきを得た。目の前での傷害罪は、どんな罪人であろうと容認は出来ない。旧友である賽河にそんな真似もさせたくなんかなかった。未然に防いだことに根岸も「ふぅ」と息を()いた。
 警官だった時代の賽河は口より先に手が出るタイプであった。何度と上に呼ばれて怒られたか、何度と上に謝罪をしたかは分からない。その度に岸辺が爆笑し説教をした。そんな日がまた来るとは思いもしなかった岸辺は、
「反省会だ。それから久しぶりにお仕置きをしてやるよ」
 悪魔のような天使の笑顔で賽河から杖を奪い去り言い放った。取り上げられた杖に賽河も「っちょ。おい! 返せって! オレの相棒だぞ!」取り上げられてしまった杖へと腕を伸ばして岸辺に叫ぶ。彼は杖で犯人を殴ろうとしたことが悪いとは微塵にも思っていない。杖で叩きつける程度の制裁はいいとすら思っている。それこそ岸辺のいうところの《お仕置き》なのだから。
「それともカントクちゃんはお仕置きを先にされたいのかな?」
「ふざけんな! 杖を返せって!」
 くるるん、と岸辺は杖を回したかと思えば右ひざの上に垂直に置き上と下に手を添えた。
 その体制に賽河も目を見開き言葉も動きも止まる。
「ょ、せって」
 たじろぐ賽河に根岸も「折るなっす」腕を組んで尖った歯を見せた。番犬のような彼。彼は元々が不良で手も足も口も、態度なんかも悪いというレベルではなく品がない。20代のときの自身はこんなにも厚顔無恥な面があっただろうかと岸辺は根岸を見た。

「お仕置きが先か。食事会が先か。応えてよ」

「ぉ、お仕置きが先、で……」

 杖の為に根負けをした賽河を苦渋の表情で応えた。彼の完全屈服に岸辺も高揚と愉悦の笑みを浮かべる。聞き入れた岸辺は杖を賽河へと手渡した。

「カントクが事件を解決してくれたことは感謝している。本当さ」
「言葉と態度!」低い声で賽河が岸辺に言い放つも岸辺には痛くも痒くもないセリフだ。

「さ。事情聴取、事情聴取。署に一旦帰ってから追って連絡するよん。じゃあねぇ、カントクちゃんw」
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