今回のテーマは誹謗中傷、キーワードは誰にでも簡単に出来ちゃうこと

文字数 1,751文字

第一話 まさか自分が被害に遭うとは

 みらい塾の塾長・郷田正孝は小児性愛者
 お子さん大丈夫?

 このツイートは「#大浜小学校」「#みらい地区塾」に二十日朝から正午までに五回投稿された。URLが付いていて画像も添付される。そこには女子小学児童の手を引いて{みらい地区}を歩く郷田正孝の姿が捉えられている。



 正孝は二十日の昼過ぎに大浜小学校の校長から連絡を受け、はじめて気付く。早速アカウントを辿り、ツイートとプロフィールを確認する。たぶん、削除されるだろうからスクシュをとる。
 このツイートを見た親の反応は正孝にとっては{最悪}のひとこと。定員三十人の教室は常に小学生で溢れていた。だが、この日の夕方、塾に来たのはひとりだけ。
 ツイートは二十日を最後にもう無かった。ツイートの効果を知った犯人はもう満足したのだろう。やはりアカウントも削除された。目的は塾から生徒を奪うこと。生活の糧を失いかねないこの「人を貶める暴挙」誹謗中傷に怒りを感じる。
 世間ではこの「誹謗中傷」がマスコミに取り上げられ社会問題化している。正孝も知ってはいたがまさか自分がターゲットになるとは予想だにしていない。改めて「誹謗中傷」に関してネットで調べてみる
 匿名の犯罪だから立件が難しい。所謂「やり逃げ」と云われる。立件するには、まずは裁判所に誰がやったかを調べる情報開示請求を、許可が下りたらネットを管轄する総務省へ、総務省がプロバイダーに情報開示を命令、その後警察という具合に複雑で費用も時間もかかる。
 犯罪だから処罰は出来る。けれど、諦めと正義の気持ちとの根競べになる。大概の場合は名誉棄損、侮辱罪、虚偽告訴等罪が適用され量刑は3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金(刑法第230条)。初犯には執行猶予が付く。
 正孝は虚しさを感じる。膨大な時間と金を使って立件したとしても子供たちは戻って来るのか?
一端貼られた「負のレッテル」はそう簡単には剥がせないのでは?
 定員いっぱいの生徒を集めるために十年かかった。それは児童への赤心の積み重ねと成果。
道路沿いの窓ガラスには有名中学校に合格した生徒たちの名前が並ぶ。
 正孝はじっくりと考える。出身大学の伝手で弁護士は幾らでも探せる。けれど手続きが煩雑で金もかかる。いっそのこと、どこか違う場所でいちから始めるか?
 しかしそう簡単に事はゆかない。豊かな家庭層が在ってはじめてニーズが産まれる。運よく場所を捜せてもそこには競争相手が待ち構えている。この「みらい地区」にも五軒の塾がひしめいている。
 それに愛着もある。正孝は教室を見回す。十年間でおよそ四百人近くの子供たちが出入りした。今でも生徒ひとりひとりの笑顔を想い出せる。発足当時の小学生は、はや成人式を迎える。
みらい地区中央通りで、成人式の晴れ着姿の女子とすれ違い様、
「先生、こんちは」と声を掛けられる。
 振り向けば、あえかなる時の笑顔が浮かぶ。灯(あかり)ちゃんだ。
 ああ、この場所で頑張ってみよう! 彼女のような手塩にかけた児童がここには溢れている。それを「味方」と呼ぶことにする。やがて無実が証明されれば子供たちは戻って来るのではないか?
 正孝は大きなホワイトボードを背にした椅子に腰かけ今一度、あのツイートを見返す。トップ画はTwitter社のものでユーザー名は「正義の眼」。ランダムなIDはこの際あてにはならない。
 実に巧妙に記されている。いまやTwitter社も「誹謗中傷」を目的の個人攻撃のツイートは削除している。監視の眼をかいくぐるように言葉を選んでいる。個人名もなければ攻撃するような言葉は避けている。これは手慣れている者の仕業か?

 また、その後、ツイートは一切ない。つまり目的は果たしたと確認出来る者の仕業。その日の夕方、教室を覗けば済む。教室は中央通り沿いだから簡単にガラス越しに見られる。
 さらに、あの動画。あれは確か、不登校の女児を家庭からひきとり、教室に戻る時のもの。日時は授業日誌を見れば特定出来るし、撮られた場所もおおよそ判る。
 何気のないシーンだが、小児性愛者と紐づけられれば、もはや「犯行録画」となる。
 一体誰が?
 正孝は犯人捜しを決意する。         

第二話に続きます       
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