第5話 容疑者Ⅳは、友人↑恋人↓の彼女

文字数 1,175文字

第五話 アラサー女子の拗れた想い
 〇製薬㈱。業界大手。新薬開発競争では常にトップを走る。新薬が特許によって寡占できる期間が五年だとしても、その業績はデカいしネームバリューの源となる。例えばコロナワクチンで名高い米国製薬会社で開発された「神経障害性疼痛」の治療薬は、高齢者の腰痛(脊柱管狭窄症を含む)の全般で使用され、その売上は全世界で数兆円規模にぼる。
 諏訪静香は入社六年目の三十二歳。社内では高齢者健康医薬品開発課に属する。一件、地味なようだが高齢者が人口の三割を占める日本では有望視されてる分野。なにしろ高齢者は自分の健康に最大の関心がある。
 己が健康にはお金を惜しまない。常用して健康を維持できれば最高。高血圧症、糖尿病、肝腎臓障害、膝腰肩痛、肥満……実際に医者に掛かる前の予備軍は実に多い。予防目的で大いに期待されているのだ。
 健康医薬品は治療薬ではない。直接的に病気には効かない。それでも〇病と診断されるかもしれない精神不安定者の必須常備薬となる。静香は毎日、それこそ(静かに)薬効を示す成分を自然由来の物質から探す。人工化合物はあまり好まれない。
 けれど、此の処、モチベーションが保てない。オンナ三十二歳に想いを馳せる。開発課には四十路、五十路と独身で研究員を続けている先輩女子もいらっしゃる。けれど総じて倖せには見えない。

 化粧っ気がなく、オシャレには無頓着。そりゃあ、分かる。壁にはあまた食品サンプル、眼の前のテーブルには夥しい数のシャーレと試験管、光学顕微鏡。別室にはこれもたくさんのラットゲージが居並ぶ。彼女たちの一日は男っ気なく、こうして過ぎてゆく。
 素敵な男性に巡り合う機会などは皆無。自分の周りだって、静香はふと想う。自宅マンションから愛車に乗って会社に。開発課には男性も居るには居るが全て既婚者。時に気分が浮わついてしまって不倫でもと思うが、どれもイケてない。
 こんな毎日が永遠と続く。赤坂、六本木のクラブに行くものの、ここでの出会いは性欲を満たすだけ。翌日には去ってゆく。唯一の愚痴をこぼす相手、正孝もいまいちハッキリしない。キス以上に進まない。全てを曝け出して身を委ねるが触れようとしない。私に魅力がないのか? いや、いや、誰か意中のオンナが居るのではないか? オンナの勘は冴えわたる。
 別に結婚して欲しいと迫っている訳ではない。せめてオンナで在ることの証明を求めてる。それは正孝にも伝わっているはず。それでも思慮深く、気軽には乗って来ない。
 正孝との関係は学生時代を含めて十年にも及ぶ。いつかはコクってくれる。そんな安心の中に身を置いていたのかも。私がバカだった。
 こんなに私を待たせて……。
 その気がないのなら、いっそキョヒってくれれば、諦めがついたものを。
 いつしか怒りにも似た重い感情が心に淀み沈殿してゆく。
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